著者自身、自らの経験を踏まえ、日本とそれ以外の組織の危機管理体制の違いを認識したことで、国際標準の感染症危機管理を理論化して、日本に伝える必要を認識したと述べている。
指揮統制の機能不全とコミュニケーションのプロの不在
ざっと本書の概要をみておこう。まず日本の危機管理能力について、地震や水害等、日本がよく経験してきた自然災害に関しては、高い水準を保っていると評価しつつも、新型コロナや福島原発など「国外の要素が多分に関与する事案に対しては、確固たる戦略を構築しつつ、高い能力を発揮できているとは言い難い」(同書「はじめに」p.ii)と指摘する。そして、日本の感染症危機管理の課題としては概して、国家的な指揮統制の機能不全と、国内外におけるコミュニケーションのプロの不在、という2点に集約できると指摘する。
本書では危機管理のあり方を緊急時の危機的対応と、平時からのプリペアドネスの大きく2つに分けて論じる。まず前者に関しては、感染症の危機には敵(ウイルス)との相互作用が生じ、国家的危機に発展する可能性が高く、統率のとれた国家的規模の事態対処行動が要求されるという点で、軍事分野の危機と似ていると指摘する。そして感染症危機管理にあたっても、文官による日常の延長ではなく、事態対処行動における指揮統制等において軍事的概念を用いる必要があると指摘し、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のような、指揮統制を機能させるための危機管理センターの設置が求められると述べる。
また、危機管理システムにおいては平時と危機時の対応をわけ、危機時の対応には非文官を登用する必要性を訴える。実際、アメリカでは保健福祉省とCDCにおいて、制服軍人が危機管理組織の重要な一角を担っていることを紹介し、またWHOでも危機管理組織と非危機管理組織が明確に分割されていることを紹介している。
一方の日本では、感染症の危機管理組織である厚生労働省の下に、大規模な危機発生時には対策本部が設置されるものの、平時との区別がほとんどなく、危機時においても業務の優先順位づけが明確になされないため、危機時には単純に業務量が激増し、危機対応に必要な人員と労力を割くことができないと指摘する。さらに、危機管理行動においては軍事行動と同様、大戦略レベル(政府)・戦略レベル(関係省庁)・作戦レベル(都道府県と市町村)・戦術レベル(医療機関や保健所)という4階層に区分し、各レベルが、明確な指揮系統と適切なコミュニケーションの下、一致団結して行動する必要性を説く。
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