岸田総理誕生で待望論「夫婦別姓」見えざる苦悩 働く女性に高いハードル、事実婚を選ぶ人も

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さらに「経営者としての生きにくさ、やりにくさを感じている」と大津さんは訴える。著作は11冊あり、企業や海外で講座や講義を行うことも多い。「大津式」という商品を開発・販売している。このため「ビジネスで使ってきた名前を潰すのはキャリアを潰すことと同じ」と、旧姓を通称として使用している。

清掃会社など5つの会社を経営する大津たまみさんは、婚姻後の書類手続きに振り回された(提供写真)

一方で、公的書類や金融機関での契約書類は戸籍上の名前でなければならない。改姓したことで、ビジネスネームか戸籍上の姓を使うのか、書類を作成するたびに確認しなければならなくなった。

こうした煩雑さを回避することは困難だ。「自分の名前と自分の人生は切り離せない」と、建築家の松岡恭子さんは事実婚を選択した。松岡さんは設計事務所の代表取締役を務めるほか、不動産会社の社長、NPO法人理事長など幅広く活躍する。

建築士のキャリアは長く、数多くの設計やデザインを手がけてきた。「私という人間にクライアントは設計を依頼し、その名前で発表され、建築確認などの法手続き上も自分の名前が使われる。すべての設計作品に私の名前がある。簡単に名前を変えることはできない」(松岡さん)。

同じように夫も自分の名前でキャリアを積んできたため、姓を変更することはできなかった。

事業承継においても姓は重要な意味を持つ。松岡さんは父親から承継した不動産会社を経営するが、「女性社長が珍しい業界でも、父と同じ姓ならば娘とわかってもらえる。親が苦労して築いてきた膨大な取引先や顧客を、スムーズに承継するためにも名前は重要」と言い切る。

旧姓の通称使用はグローバルで通用しない

女性の事業承継者を支援する「日本跡取り娘共育協会」が女性経営者ら191名に行った意識調査では、婚姻・離婚時の改姓に対して経営者として不便・不都合を感じた人が約6割にのぼった。創業者である親から会社を引き継いで経営者となったが、結婚後で姓が異なるために「あんた誰?」と顧客や取引先から屈辱的な聞かれ方をしたという回答もあった。

同協会の代表理事の小林博之氏は「夫婦同姓しか認めない制度は、女性が経営を担っていくうえでの大きな課題になっている」と警鐘を鳴らす。

通称と戸籍上の姓の二重使用は、金融機関などの本人確認の手間を増やすことにもつながる。立命館大学法学部教授の二宮周平氏は「通称使用の拡大は、個人には使い分けをする負担を増加させ、社会的にはダブルネームの管理コストや個人の特定性に誤りが生じるリスクを増大させる」と指摘する。

法務省によると、法律で夫婦同姓を義務づけている国は日本だけだ。海外では旧姓を通称として利用することで、なりすましを疑われた事例もある。冒頭の青野氏は「旧姓の通称使用の拡大はほぼ無意味。ビジネス界ではグローバルに活躍するのが当たり前の時代で(夫婦同姓制度は)足かせになっている」と訴える。

1996年に法務省が選択的夫婦別姓制度に関する具体的な検討を行い、法制審議会が制度の導入を提言してから25年も経った。塩漬けされ続けてきた問題に、岸田総理は切り込むのか。議論は待ったなしだ。

田中 理瑛 東洋経済 記者

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たなか りえ / Rie Tanaka

北海道生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。報道部、『会社四季報』編集部を経て、現在は会社四季報オンライン編集部。食品業界を担当。以前の担当は工作機械・産業用ロボット、ドローン、医療機器など。趣味は東洋武術。

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