岸田内閣と自民党が仕掛ける「デリート政治」の罠 国民の目に映る場所から「負の遺産」を消す手法

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右も左も取り込んでしまう自民党の融通無碍な「包括性」もこの疑似政権交代を可能にしている。党内には極端な右翼議員もいれば、野党議員と見まがうようなリベラルな議員もいる。また近年は改憲派が圧倒的多数に見えるが、護憲派も捨てたものではない。親米派もいればアメリカ嫌いもいる。積極財政による利益誘導やバラマキ政治が主流ではあるが、財政均衡論を主張する議員もいる。

主義主張やイデオロギーで縛らない融通無碍なところが疑似政権交代を可能にし、危機に陥ったときの自民党を救ってきたのだ。

「デリート」不完全、「人事異動」にすぎない岸田内閣

では、過去と同様、「デリート政治」によって党勢の復元を目指した岸田内閣誕生劇が、高い支持率につながっていないのはなぜか。それは、デリートが不完全なためだろう。党役員や内閣の人事の過程で安倍・麻生両元首相の影響力が垣間見えたり、安倍政権時代の一連の不祥事の再調査などに岸田首相や甘利幹事長が否定的な姿勢を示したことで、画面上に負の遺産がきれいに残ってしまったのだ。こうなると若手の抜擢人事をやっても、「新しい資本主義」などの政策を打ち出しても、疑いの目で見られてしまう。

また、過去を振り返ると政権交代のたびに自民党が装ってきた「刷新性」が現実の法律や予算に反映されたかといえば、否定せざるをえない。危機的状況を乗り切るためには、総裁選に「自民党を変える」というキャッチフレーズがつきものである。しかし、その言葉どおりに自民党と向き合ったのは小泉純一郎首相くらいだろう。多くの首相は政権維持や選挙向けの言葉だけに終わっている。

有権者が忘れてはいけないのは、菅首相から岸田首相への首相交代は、同じ政党内の人事異動でしかなく、安倍内閣からの数多くの問題は何も解明、解決されていないということである。民間企業であれば社長が交代したからといって、その企業が起こした問題が清算されることはない。しかし、自民党は問題を起こした首相が退陣すると、すべて不問に付してきた。その結果、自民党は本質的に何も変わらないまま、世界に類のないくらい長い期間、政権を維持しているのである。

次の総選挙で有権者は自民党が仕掛ける巧妙な「デリート政治」の罠にかからないようにすることが必要だろう。

薬師寺 克行 東洋大学教授

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やくしじ かつゆき / Katsuyuki Yakushiji

1979年東京大学卒、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸や外務省などを担当。論説委員、月刊『論座』編集長、政治部長などを務める。2011年より東洋大学社会学部教授。国際問題研究所客員研究員。専門は現代日本政治、日本外交。主な著書に『現代日本政治史』(有斐閣、2014年)、『激論! ナショナリズムと外交』(講談社、2014年)、『証言 民主党政権』(講談社、2012年)など。

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