19年ぶりに「外貨交換券」を発行した北朝鮮の実状 当の北朝鮮では発行が知られておらず「韓国の謀略」説も

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北朝鮮など朝鮮半島情勢に詳しい韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授は、「現在の北朝鮮政権は経済の国営化・国有化といった、社会主義的経済政策を強力に推進していた金日成時代に立ち返ろうとしているようだ」と指摘する。また、実際の政策からは、2005~2009年ごろの金正日政権当時の政策と同じ性格が垣間見えるという。この時代、トンピョはすでになかったものの、経済活動の細かな部分でさえ国家が管理・統制する傾向が強かった。

金正日政権は2002年7月に物価と賃金制度の大幅な改正に着手する「7.1経済管理措置」を発表し、従来より開放的で親市場的な経済改革を進めようとした。しかし、内向きな社会主義的政策に慣れきっていた北朝鮮で改革が順調に進まないと見ると一転、2005年ごろからは「経済の再国有化」政策へと回帰した。現在の金正恩政権の経済政策は、市場化がうまくいかず、その反動で強烈な国家管理へ揺り戻しが起きた当時ととても似ているとランコフ教授は言う。

2009年「貨幣改革」の二の舞となるか

「再国有化」を進めた金正日政権は2009年11月に突然、新しい北朝鮮ウォンの発行を発表し、交換比率を100対1として通貨単位を切り下げるデノミネーションを行った。これにより市中にある外貨を国家が吸収し、外貨主導の国内経済で通貨の管理統制を高めようとした。手段の違いこそあれ、狙いはまさに今回のトンピョ発行と相似形である。ならばこの先の北朝鮮の行方を考えるうえで前回の顛末は参考になる。

前回何が起こったか。通貨の交換額の上限額が設けられたこともあり、財産の剥奪・劣化を恐れた国民が外貨を出し渋ったことで外貨流通がほぼ停止。輸入は正規・密輸入ともに減少してただでさえ少ない物資がさらに減少し、闇市場を含む商品流通に支障を来したことでハイパーインフレーションが発生。経済が大混乱に陥った。

結局、2010年2月に当時の金英逸(キム・ヨンイル)首相が「準備や情勢判断の不備、人民に苦痛を与えた」として北朝鮮では異例の政府による国民への謝罪に追い込まれた。これにより金正日政権の威信も揺らぎ始めて、結果、貨幣改革の実務責任者とされた朴南基(パク・ナムギ)党計画財政部長が「民族反逆罪」で処刑されている。

国家による外貨吸収のため、トンピョ発行に踏み切っていてもおかしくない。ただ、それは北朝鮮経済の混乱拡大を招く恐れがある。2020年1月末にコロナ禍を理由にした国境封鎖が行われて以降、北朝鮮の物価は上昇傾向にある。トンピョが発行され、ウォンとの交換が一気に進めば、結果的に大量のウォンが市中に出回り、さらなる物価の上昇からハイパーインフレーションを招く。これが金正恩政権に大きなマイナスとならないか。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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