次期総理に伝えたい「世界標準の財政政策」の正解 ケチにも浪費にもならない「賢い投資」が常識

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しかし、それはあまりにも甘えすぎです。人口が減る以上、現状維持はあり得ない。これが私の考えです。ですので、現状維持のために財政出動をしてはいけないのです。現状維持のための財政支出は乗数効果が低いので、補助金漬けとなるだけです。

財政出動は成長分野に集中するべき

世の中にはいろいろな人がいます。とにかく政府に無条件・無規律的にお金を出させたい人の中には、デマを巻き散らかしてでも自分の主張を通そうとする人すらいます。

そういう人の一部は今日の記事を読んで、おそらく「アトキンソンがまた中小企業を淘汰せよと言っている」と喧伝するでしょう。しかし、私はそんなことを言っているのではありません。そもそも、私は中小企業の淘汰論者ではありません。私は生産性向上論者です。中小企業は淘汰するのではなく、強くすべきだと主張しています。

ただ単に企業を淘汰したからといって、生産性は向上しません。生産性は、経営者が成長分野に設備投資をして初めて向上します。現状維持では不可能なのです。

繰り返しになりますが、私は財政出動の必要性自体を否定しているわけではありません。

今求められているのは、各企業が既存の商品やサービスを再検証し、今後の人口動態に合わせたビジネスモデルに切り替えることです。成長分野により多く投資をして、新しい需要に合わせて、供給を増やすべきです。

デジタル、グリーン、付加価値のより高い商品開発、イノベーションなどに投資を誘導するための財政出動は必要不可欠です。

だからこそ、経済産業省は「事業再構築補助金制度」を実施しているのです。この制度の目的は「新分野展開、業態転換、事業・業種転換、事業再編又はこれらの取組を通じた規模の拡大等、思い切った事業再構築に意欲を有する中小企業等の挑戦を支援」することとされています。

今回の記事に対して、反緊縮財政論者やMMT論者からは、「アトキンソンは緊縮財政派だ」と声が上がると思います。しかし、私は別に財政出動自体を否定しているわけではありません。私が否定しているのは、乗数効果が低い、現状維持のためのバラマキ的な財政出動です。

政府がお金を出す「だけ」で、生産性が上がるとは到底思えません。賃金が上がるともまったく思えません。

事実、今までも政府は巨額の財政出動をしてきましたが、賃金は上がっていません。企業の内部留保と配当が増えただけです。

しかし、企業に生産性向上と賃金の引き上げを促すためには、絶対に需要の創出が必要です。ですので、そのための財政出動は不可欠です。

ここで大切になってくるのが、本記事の冒頭で紹介した「生産的政府支出=PGS」です。この経済政策の新しい指針が示唆しているように、政府の財政出動は、GDPの成長に直結する投資を促すことを最優先にするべきだと思います。

この観点が、これまであまりにも軽視されていました。だからこそ、日本の財政はいまだ健全な状態に戻れないのです。

経済産業省が指摘しているように、今後日本はこれまでのような「単なる量的景気刺激策」ではなく、GDPの持続的な成長につながる財政出動をするべきです。とはいえ、財政出動の規律は求められます。

以前のように誰も使わない箱ものをつくったり、経済合理性が低い既得権益を守ったりするのではなく、血税を生産性向上、賃金の増加につながる生産的な、乗数効果の高い支出に最優先で向けるべきなのです。

次回は、インフレが2%になるまで財政出動をすれば経済は回復するという考え方をさらに検証します。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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