カマキリを入水自殺させる「寄生虫」の驚きの生態 生態系さえ変えてしまうハリガネムシのヤバさ

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ハリガネムシがなぜわざわざ手間暇かけてカマキリの神経伝達物質をつくり、その行動を操って入水させているかというと、水中に脱出してパートナーとめぐり逢い、交尾をするためだ。

なかには、小さな水たまりでうっかり宿主から飛び出てしまうハリガネムシもいるが、そのような粗忽者(そこつもの)は水たまりが乾けば干からびて死に、まさに「針金」と成り果ててしまう。宿主にひどい仕打ちをしているようにも思えるが、ハリガネムシにとってもこの脱出はやり直しのきかない命がけの一大イベントなのだ。

脱出の多くは夏から秋にかけて行われ、水中で出会った雄と雌は絡み合って交尾をし、越冬後、翌年の5月から6月にかけて水中の石などに卵を産みつけて死ぬ。

1〜2か月で卵からふ化した幼虫は、ユスリカやアカイエカ、フタバカゲロウといった川の中の小さな有機物を食べている水生昆虫に取り込まれてその体内に侵入。腸管を破って腹部へと移動し、身体を折りたたんでシストという硬い殻でおおわれた状態になって休眠する。

シストを体内にもった水生昆虫が羽化して陸上へと移動した後、カマキリなどに捕食されたり、死骸がカマドウマに食べられたりすると、ハリガネムシはその生き物の体内で休眠から目覚めて寄生生活を始めるのだ。

生態系さえ操作してしまうハリガネムシ

ある研究によれば、その地域のヤマメやイワナといった渓流魚が得ているエネルギー源の約60パーセントが、ハリガネムシに操られて水に落ちたカマドウマによるものだったという。

栄養豊富なカマドウマがたくさん川に飛び込んでくれば、渓流魚が普段食べていた水生昆虫は見逃されやすくなり、それらは、翌年に生まれるハリガネムシの幼虫の乗り物となる。

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つまり、ハリガネムシが宿主を入水させるのは次世代によりよい環境を残すためでもあり、そのためにこの寄生生物は宿主のみならず生態系をも操作しているということになる。

ハリガネムシがいったいどこまで考えてこのような複雑なことをしているのかはわからない。おそらく何も考えていないだろう。これは、生物が気の遠くなるような時間をかけて行ったトライ・アンド・エラーの果てに偶然たどりついた、進化の妙といえる。

大谷 智通 サイエンスライター、書籍編集者

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おおたに ともみち / Tomomichi Ohtani

1982年生まれ。兵庫県出身。東京大学農学部卒業。同大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻修士課程修了。同博士課程中退。出版社勤務を経て2015年2月にスタジオ大四畳半を設立し、現在に至る。農学・生命科学・理科教育・食などの分野の難解な事柄をわかりやすく伝えるサイエンスライターとして活動。主に書籍の企画・執筆・編集を行っている。著書に『増補版寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)、『ウシのげっぷを退治しろ』(旬報社)など。

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