共感の時代へ 動物行動学が教えてくれること フランス・ドゥ・ヴァール著/柴田裕之訳 ~動物行動を読み解きヒトの進化の方向性を示唆
人間だけでなく動物が頻繁に示す同情や慰めの行為は、社会的に形成されたものか、本来生物が持っているものか、の解明に挑んだ意欲的な著作である。
表題が示すように「共感」(Empathy)の実例が著者自身の、そして動物行動学者たちの観察からふんだんに示される。その多くは類人猿のものだが、アカゲザル、ヒヒ、犬、狼、カラスやイルカなど圧倒されるほど、多種多彩な事例が加わる。
子供遺骸があるサバンナの低木に激しく動揺するヒヒの母親。仲間の遺骸を前に厳粛に立ち尽くし、骨を持ち去っても必ず墓所に戻す象。忠犬ハチ公のごとく主人の墓を守ったスカイテリア犬、ボビーなど。
驚くべきは、仲間が注視しているところでは類人猿はたくさんの褒美をもらうことを遠慮する。嫉視を恐れるのは、高度な社会形成能力だと著者はいう。また、我を忘れて利他の行為に走るのは類人猿だけでなく、イルカや犬にも見られる行動様式で、その根源は「共感」であると示唆する。
チャールズ・ダーウィンが唱えたと誤解されている「適者生存」やトマス・ホッブズの「万人に対する闘争」が体現する利己主義が人類の真の姿であるというのは、一部の人間に都合のよい思い込みだと喝破する。
本書のキーワードの一つは、同時創発仮説(Co−Emergence Hypothesis)だ。著者の造語だが、創発が進化の過程で説明のできない発達の仕方を表現する言葉であるのに対し、同時とは理と情の両方で起こるということを指すようだ。
しかもこうした同時創発を実証している種は、ヒト、類人猿に加えてクジラ、イルカと象(同じ系統図に書かれる)だという。利己的な動機で一旦は破壊された経済や金融システムが再建される中、ヒトは果たしてさらなる同時創発が可能なのかと考え込んだ。
Frans de Waal
米ヤーキーズ国立霊長類研究センターのリヴィング・リンクス・センター所長、米エモリー大学心理学部教授。動物行動学者。霊長類の社会的知能研究で世界の第一人者として知られている。
紀伊國屋書店 2310円 364ページ
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