鉄道紀行作家の宮脇俊三は、幼少期(昭和初期)の思い出として、父の郷里の香川へ向かうとき、新橋から急行列車に乗ったと『時刻表昭和史』に記している。もちろん東京駅開業後の話だが、「東海道線の列車には新橋から乗るもの」という明治の習慣が、まだ残っていたのだろうと振り返っている。
他の山手線の駅にはあまりない特徴として、新橋には東海道本線や横須賀線の列車が停車する点がある。1988年に日中の京浜東北線で快速が運転を始めた際には、新橋通過が物議をかもした。だが朝夕はもちろん停車するし、新橋の真骨頂は日が暮れてから。それから30余年が経つが、特に問題にはなってはいないもようだ。
関東各方面や臨海部と直結
一方、2015年の上野東京ラインの開業によって、東北本線(宇都宮線)や高崎線、常磐線の列車が新橋へとやってきたのは、大きな変化であった。「汽笛一声」以来の歴史の賜物だが、中央本線方面を除く、関東各方面と直結されているところも新橋の強みであろう。
東京モノレールの新橋延伸構想は頓挫したし、東海道新幹線は新橋を素通りする。長距離交通との相性の悪さはある代わりに、東京近郊に対しては山手線上の他の街に対するアドバンテージがある。帰宅の便のよさゆえ、サラリーマンのオアシスになった面もあろう。
そうした足場のよさを生かし、近年では臨海エリアへの交通機関への接続地点として機能している。1995年の新交通システムゆりかもめの開業が始まりだろうか。新橋駅前と築地市場を直結していた都バスも、豊洲市場の開場により、運転系統を延長した。
2020年10月1日に虎ノ門ヒルズ―晴海BRTバスターミナル間でプレ運行を開始した「東京BRT」も、新橋を事実上のターミナルとした。今後は、晴海や国際展示場や豊洲方面への路線拡充が予定される。ただ、新橋の乗り場がJR駅と少し離れたゆりかもめの高架下にあり、目立たないのが難点か。
そうした臨海エリアへの通勤客も、乗り換え駅である新橋をやすらぎの場にしやすい。それだけに、この駅前だけは変わらないでほしいと思うのは、ぜいたくだろうか。
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