キプチョゲがナイキと紡いだ「2時間切り」物語 「厚さは速さだ」のナラティブが浸透した理由
これはBreaking2という人類の限界突破への挑戦が、アスリートとそれをサポートするチームのメンバー一人ひとりの物語として描かれた、非常にエモーショナルな内容だ。SNSでのコミュニケーションでも、2017年時点で#Breaking2の累積インプレッションは2兆回を超えるほどのインパクトがあった。
さて、実は冒頭で紹介したピンク色のシューズ「ネクスト%」の原型(プロトタイプ)は、もともとこの3選手のために開発されたものだ。2017年には「ナイキ ズーム ヴェイパーフライ4%」として市販されている。このシューズは厚底なので、反発がありながら疲労が残りにくいのが特徴だ。ソールの厚みとシューズ下部のカーボンプレートによって、高い反発力とクッション性を実現している。
このシューズとアスリートの努力、そしてサポートチームの貢献もあり、イタリアでの2時間25秒という記録が達成されたとも言える。その後、2018年に厚底シューズを履いたキプチョゲ選手がベルリンマラソンで世界記録を更新。2時間1分39秒という公式世界新記録を叩き出す。
日本では箱根駅伝で注目される
この頃から日本のトップアスリートの間でも、厚底シューズを履いた選手が次々と記録を塗り替えていく。2018年、東京マラソンで厚底シューズをはいた設楽悠太選手が16年ぶりに日本記録を更新。その約7カ月後、10月のシカゴマラソンで大迫傑選手がやはりナイキの厚底シューズで、設楽選手の記録を上回る2時間05分50秒で日本記録を更新したのだ。日本選手のこの様子は日本のメディアで大々的に報道され、国内でも着用する選手が増えていった。
そして2019年10月、キプチョゲ選手は再びオーストリアのウィーンでBreaking2の挑戦をする。結果は、1時間59分40秒。34歳のキプチョゲ選手が、とうとう人類で初めてフルマラソンで2時間の壁を突破したのだ。この偉業には世界各国から称賛の声が相次ぎ、アメリカ元大統領のバラク・オバマ氏も祝福のコメントを寄せるほどだった。ナイキは2016年にBreaking2プロジェクトを発表してから3年で、目的を達成したことになる。ところが、日本ではこのニュースはあまり大きく取り上げられることはなかった。
日本中がこの厚底シューズに注目しだしたのは、キプチョゲ選手の偉業から2カ月後、箱根駅伝で大半の選手がこのシューズを履き、区間新記録を次々と更新してからだ。つまり、厚底シューズのグローバルなナラティブはイタリアから始まり、ウィーンで達成したが、日本では2020年の箱根駅伝から本格的に取り込まれたことになる。かように、日本における箱根駅伝の影響力は凄まじいのだ。
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