徳川慶喜の支持者「孝明天皇」開国嫌った真の理由 激しい攘夷論者だが、親交は受け入れていた

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「幕府は決断力に乏しく、人心も混乱しているようなので、この機会に朝廷から何か申し入れをしたほうがよいのではないか」

「武家伝奏」とは、幕府と朝廷を橋渡しする役職のこと。鷹司は実万を通して、幕府にアプローチしようとしていたのである。実万が「そうすべきだと思います」と賛同すると、鷹司はこう続けた。

「朝廷からは通商を許可すべきとか、打ち払うべきだとか言うのではなく、人心が動揺することのないように、とだけ申し伝えよう」

これを受けて、当時、老中を務めていた阿部正弘は「孝明天皇にお考えがありましたら、遠慮なく幕府のように言ってください」と対応しているのだから、阿部の本心はさておき、驚きである。幕府の求心力が低下し、朝廷の存在感が急激に増していることがわかるだろう。そして朝廷の中心で発言権を持っていたのが、鷹司だった。

開国論者の鷹司は、日米和親条約についてこんなふうに絶賛している。

「米国国書の文面は、穏当かつ仁愛に満ちている」

孝明天皇が日米和親条約を認めて、幕府の努力を評価したのは、前述したように「通商を許可するわけではない」という条約の内容を見極めたのと同時に、頭が上がらない鷹司に追随する意味もあったのだろう。

日米修好通商条約では猛烈に反発

だが、日米修好通商条約のときの孝明天皇は違った。鷹司は当然、賛成の立場だが、孝明天皇がまさかの猛烈な反発姿勢を打ち出したのだ。若き天皇の反逆である。「一を言えば、百を言う」ことで知られる鷹司が、黙っているわけがない。孝明天皇を説得するべく、こんなことを言っている。

「幕府を追い詰めれば、承久の乱のような事態が発生しかねませんぞ!」

承久の乱とは、鎌倉幕府に反旗を翻したものの、失敗に終わった後鳥羽上皇のクーデターのこと。開国すべきだと訴えるならまだしも、これでは完全に「幕府に逆らうな」という恫喝以外の何物でもない。

しかし、鷹司からどれだけ言われようと、孝明天皇は己の意見を変えなかった。自分の代での事実上の開国だけは避けたいと、決して譲らない姿勢を見せたのである。

そのときの鷹司の衝撃は、老中の堀田にも匹敵するものがあったに違いない。「自分でやれるならばやってみろ」、そんな思いもあったのだろう。鷹司政通は自ら内覧の職を辞することを表明している。

辞職の意向を示すことで、自分の存在感を示そうしたのだろう。だが、孝明天皇はもはや腹をくくっている。これをむしろよい機会だとして、鷹司を落飾に追い込んで、失脚させた。さらに、その2カ月後、孝明天皇は現関白である九条尚忠の内覧職権も停止している。

勅許なき条約締結に断固とした反対した、孝明天皇。そうすることで、攘夷派が多い朝廷において、主導権を握ることに成功したのである。

第3回につづく)

【参考文献】
宮内省先帝御事蹟取調掛編『孝明天皇紀』(平安神宮)
日本史籍協会編『一条忠香日記抄』(東京大学出版会)
渋沢栄一『徳川慶喜公伝全4巻』(東洋文庫)
福地重孝『孝明天皇』(秋田書店)
家近良樹『幕末・維新の新視点孝明天皇と「一会桑」』(文春新書)
藤田覚『幕末の天皇』(講談社学術文庫)
家近良樹『幕末の朝廷―若き孝明帝と鷹司関白』(中公叢書)
家近良樹『幕末維新の個性①徳川慶喜』(吉川弘文館)
松浦玲『徳川慶喜 将軍家の明治維新増補版』(中公新書)
野口武彦『慶喜のカリスマ』(講談社)

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