仕事人間の中年ほど傷病を機に「うつ」に陥る理由

失ったアイデンティティを取り戻すのは難しい

たった1度の病気でアイデンティティ喪失の危険がある(写真:kuppa_rock/istock)
中年期のたった1度の病気や怪我を機に、うつなどの精神疾患に陥る人がいます。いったい、その人の心の中では何が起きているのか? 精神科医の熊代亨氏による新刊『何者かになりたい』より一部抜粋・再構成してお届けする。

「何者かになりたい」という気持ちを心理学の言葉で言い換えると、「アイデンティティを獲得したい」とほとんどイコールになります。「アイデンティティ」とは「自分はこういう人間である」という自分自身のイメージを構成する、一つひとつの要素のことだと思ってください。

学生を例に出すなら、それは自分が通っている学校かもしれませんし、長続きしているバイト先とそこのメンバーかもしれません。特定のアイドルグループや作家がアイデンティティになる人もいるでしょう。

思春期に比べると、中年期は自分自身の構成要素、つまりアイデンティティが安定します。仕事も人間関係も趣味も安定していることが多く、そうした安定した時期を子育てや後進の指導に費やす人もたくさんいます。自分自身のアイデンティティをどうこうするには向いていないとしても、自分以外の誰かを育てるにはなかなか適した時期です。

中年になったからといって「何者かになりたい」という気持ちが完全になくなるわけではありません。「本当はもっと凄い肩書きや、アチーブメントを手に入れたかった」という気持ちを抱えながら働いている中年、「本当はこんなはずじゃなかった」と思っている中年もたくさんいます。

思春期に手に入れたかった自分自身の構成要素と、実際に中年になって手元に揃っている自分自身の構成要素のギャップの大きな人、いわば思春期に未練を残している中年にとって、そういう「何者かになりたい」問題のぶり返しは、無視できるものではありません。

思春期をやり直そうとする中年

時に、そうした中年が唐突に思春期のやり直しのような行動をとることがあります。中年期も半ばになった頃に、人生の最後の輝きとばかり、今までの仕事をやめて自分がしたいことに全力を尽くす人、パートナーや家族を捨てて若い愛人のもとに向かってしまう人などがその例です。穏当な場合には、脱サラの成功者という形をとることもあります。

若い人から見て、そうした中年の“暴走”は奇妙なものに見えるかもしれませんが、私にはなんとなくそうした気持ちがわかる気がします。思春期に比べると、中年期は人生の残り時間の短さと過ぎてしまった時間の大きさを意識せずにいられない時期です。健康が少しずつ損なわれ、社会的な立場や役割も変化していくなかで、「自分が何かに挑戦できるチャンスがあと何回ぐらいあるのか、そもそもこれが最後のチャンスではないか」と意識させられる場面がたくさんあります。

「思春期だって残り時間は強く意識する」とあなたはおっしゃるかもしれません。確かに私もそう思っていました。実際問題、高校3年生の夏は一度きりですし、就活の旬の時期も一度きりなわけですから。

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