パワハラ自殺で遺族に2度謝罪、豊田章男氏の心中 追い込んでしまったトヨタの企業体質への反省

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章男氏は、この事件を受けてこれまでの人事体制を抜本的に変えることを決断した。すなわち、声を出しやすい職場づくり、パワハラを行った際の罰則規定の明確化、異常時における情報の引き継ぎ強化、マネジメントに対するパワハラの意識啓発、休務者の職場復職プロセスの見直しなどである。

このほか、今日までに旧来の人事体制を根本から変えるため、全面的に人事を一新した。それは、過去のトヨタとの決別であった。

章男氏が遺族に2度にわたって直接謝罪したことの背景は、章男氏自身が、会社の中で居場所がなく、つらいサラリーマン生活を送ってきたことと無関係ではないだろう。

章男氏は、慶応義塾高等学校、同大学を卒業、アメリカ・バブソン大学経営大学院修了後、アメリカの投資銀行に勤務した後、1984年にトヨタに入社した。確かにその経歴は、華麗で恵まれている。しかし、入社にあたって、父親の豊田章一郎氏からは、「トヨタには、おまえのような者を部下に持ちたい者はおらんだろうな」といわれた。

実際、入社後の周囲の反応は普通ではなかった。年上の上司でありながら彼に敬語を使う者、おべっかを使う同僚もいた。御曹司として色眼鏡で見られたり、その陰ではドラ息子とささやかれ蔑視されたりした。四面楚歌といってよかった。

周囲には、章男氏を本気で育てようとする上司はいなかった。

「俺は、会社にいないほうがいいのか……」と、若い頃の章男氏は真剣に悩んだ。

トヨタが豊田章一郎氏の後を継いで28年ぶりに豊田家出身以外で社長に就いた奥田碩氏(1995~1999年)以来、三代続いたサラリーマン社長に終止符を打って、直系の章男氏にバトンタッチする〝大政奉還〟が現実化する中でのことである。

当時会長だった奥田氏は、世襲に反対だった。「章男クラスの人間はトヨタにはいくらでもいる」と口にした。〝社長失格〟のレッテルを貼るようなものだ。某銀行の頭取は、いくらなんでもそれは言いすぎだと、奥田氏を諫めた。

自分の率いるトヨタが社員を自殺に追い込んでしまった

パワハラが原因で自殺した28歳の男性社員は、東大大学院修了で、2015年にトヨタに入社し、車両設計を担当していた。2017年に自殺するまで、上司から「アホ」「バカ」「死んでしまえ」――などと、パワハラを受けた。亡くなる前に、同社員は「会社ってゴミや、死んだほうがましや」と、遺族にメールを送っていたという。その後、みずから命を絶った。本当に痛ましい事件だ。

立場はまったく違うが、章男氏もトヨタでの生き方に悩み、3度にわたって〝会社を辞める〟といった。

自分の率いるトヨタが社員を自殺に追いこんでしまったことは、章男氏にしてみれば、わが身を振り返って、それこそ痛恨の極みだった。

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