AIで「もうひとりの自分」遺して死ぬ「生」への執念 話題書「ネオ・ヒューマン」が描く一歩先の未来

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『ネオ・ヒューマン』を読むと、人間関係が試される面があるとも感じます。

ピーターの恋人フランシスは、熱心にピーターをサポートします。そして、ピーターには、フランシスという存在がいるからこそ、自分を残したいという気持ちがとても強い。

アメリカでは、セルフネグレクト問題が起きています。自分自身のことがどうでもよくなって、酒を飲んで体を壊しても、病院にも行かずに死んでいく。実は、日本でも中高年に増えています。そういう人の場合、AIで自分を残そうという気持ちも起きないかもしれません。

ネット上を眺めていても、自分の存在自体に嫌気がさしている人は多いように感じます。他者を求める気持ちはあっても、あきらめて引きこもっているというケースもあります。

セルフネグレクトに陥った人が、幸せだった学生時代のVRを作り、その世界に埋没していたいという願望はあるでしょう。

しかし、それは、映画『マトリックス』のような世界になっていきます。作品の登場人物たちは、VRの世界では過去のニューヨークで楽しく過ごせますが、目覚めると灰色の宇宙船の中にいて、まずいものを食べなければならない。中には、VRのニューヨークに自分の意思で再び戻っていってしまう人も現れます。

ここは難しいところです。現実よりも夢のほうが幸せ、ということになってしまいますからね。

AIと融合した富裕層と、そうでない貧困層という格差が現れるかもしれないという問題も考えておかなければなりません。

生の継続と身体のサイボーグ化

自分自身の生の継続観をどう引き受けるかという問題も発生するでしょう。これは大変難しい議論になり、人によって受け止め方は違います。

美空ひばりのAIに対しても、死者の冒涜だという批判がありました。AIでもう1つのパーソナリティが生まれることに、激しい抵抗を感じる人もいると思います。

僕個人としては、人生100年時代を考えたとき、AIの僕がもう1人いてもかまわないと思っています。

平均寿命は100歳、120歳とのびていきます。しかし、例えば50歳の体力・精神力・知力が、90歳まで維持されるとはとても思えません。そのときに衰えた能力を補完してくれるのが、AIやサイボーグの力ではないでしょうか。

かつては、すべての記憶を、頭の中に詰め込まなければなりませんでしたが、今は、グーグルを使えばすぐに出てきます。グーグルの検索は補助脳となっているわけです。

過去に考えていた膨大な思考も同じです。かつてはメモ帳に書いて、そのまま再利用されることはありませんでしたが、いまは「エバーノート」などに入力しておくことで、あとで検索できます。過去の自分の蓄積を、フレッシュに再利用できる時代になったのです。

未来には、年老いて何かに行き詰まったとき、AIが「40歳のあなたはこう思考していたよ」と助言してくれるようなこともあるのではないかと想像しています。

サイボーグ技術も同じで、もはや義手や義足よりも、サイボーグ化したほうが早いという世界になっています。パワードスーツの装着で、何百キロもの荷物を運ぶこともできるようになりました。90歳になってもスイスイ歩くということもありえます。

機械と人間が、身体的に融合できる時代がやってくる。いずれは健常者でも高齢者になり、同じ状態になると考えれば、ALSを患ったピーターは、未来の長寿時代のサイボーグ化、AIとの融合を先取りして体験してくれたとも言えるわけです。

そういった世界観が怖いと感じる人もいるでしょう。しかし、それを選びたい人に対して、提供できる選択肢があるということそのものが、いい時代だと僕は思います。

(構成:泉美木蘭、後編へ続く)

佐々木 俊尚 作家・ジャーナリスト

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ささき・としなお / Toshinao Sasaki

1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政治経済学部中退。毎日新聞記者、『月刊アスキー』編集部を経て、2003年よりフリージャーナリストとして活躍。ITから政治、経済、社会まで、幅広い分野で発言を続ける。最近は、東京、軽井沢、福井の3拠点で、ミニマリストとしての暮らしを実践。『レイヤー化する世界』(NHK出版新書)、『そして、暮らしは共同体になる。』(アノニマ・スタジオ)、『時間とテクノロジー』(光文社)など著書多数。

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