服を買い放題だった私が抱いた「底知れぬ不安」 「買わない生活」と「キラキラ」の悩ましい関係

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人生にはやっぱり、もうちょっと「何か」が必要じゃないのか。そう、ちょっとした「キラキラ」がなきゃ、生きてるかいってもんがない。そうだよ考えてみれば、私はずっとそんなキラキラを追求して頑張ってきたのだ。

社会人になり分不相応な高給を得ることになったとき、何がうれしかったって、洋服と化粧品が買えることだった。なので年功序列システムのおかげで年収が上がるのに比例して、服と化粧品に費やすお金は増え続けた。キラキラであり続けることは間違いなく私の重要なアイデンティティーだった。というか、ほぼ人生の目的だったと言ってもいい。

まさかのノー化粧品生活

で、私、それを捨てられるのかね?

いくら「食べていければいい」と言ったって、そんなキラキラを取ってしまった私は、はたして私と言えるのだろうか?

これはこれで、ドウデモイイようでいて案外、というか非常に深刻な問題であった。自信をなくし、惨めな気持ちでこれからの人生を死ぬまでコソコソ過ごすことになるのかもしれないと思うと、真面目に恐ろしかった。

唯一の救いは、私にはストックがあったということだ。なんせ服も靴も化粧品も山のように持っていたから、少なくともそれでしばらくは「食いつないで」いくことはできる。まあ当分はそれでよしと考えればいいんじゃ……なんて甘いことを考えていたんだが、結論から申し上げると、そのような逃げ道は残酷にもすぐに絶たれ、会社を辞めると同時にキラキラはわが人生から綺麗サッパリ消えるという非常事態となり、今に至るのである。

現在のわが化粧品のすべて。左が顔と体用のゴマ油。右が髪用のオリーブ油。まさかこんな日が来てしまうとは……(写真:筆者提供)

それはいったいどんな人生か。

例えばですね、ずっと山のように取りそろえていたブランド化粧品(基礎化粧品含む)の数々。私はそれを一切合切捨てた。今使っているのは「ゴマ油」のみである。つまりはブランド品どころか、化粧品を買うという行為そのものを私はすべてやめたのである。

その結果何が起きたのか。私がおびえまくっていた「ノーキラキラ生活」とは実際どういうものだったのか。次回から詳しくお伝えしようと思う。

稲垣 えみ子 フリーランサー

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いながき えみこ / Emiko Inagaki

1965年生まれ。一橋大を卒業後、朝日新聞社に入社し、大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめる。東日本大震災を機に始めた超節電生活などを綴ったアフロヘアーの写真入りコラムが注目を集め、「報道ステーション」「情熱大陸」などのテレビ番組に出演するが、2016年に50歳で退社。以後は築50年のワンルームマンションで、夫なし・冷蔵庫なし・定職なしの「楽しく閉じていく人生」を追求中。著書に『魂の退社』『人生はどこでもドア』(以上、東洋経済新報社)「もうレシピ本はいらない」(マガジンハウス)など。

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