映画「ゾッキ」に見る地方ロケと連携の新しい形 愛知県蒲郡市が官民一体で作品をバックアップ

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映画の製作費で、もっとも高くつくのは人件費である。低予算映画の現場では撮影日数も多くさけないため、連日、早朝から深夜までというタイトな撮影スケジュールを余儀なくされるケースも多い。しかし作品の質を高めれば、多くの観客の支持を集め、そして資金を回収できるという流れが作り出される。

「そうするともちろん予算は膨らむのですが、それでも映画だと撮影日数が2日くらい延びる程度なんですよ。もちろん企画にもよりますが、少なくとも『ゾッキ』の場合はそうでした。予算が増えた分は、協賛を集めて補填しました」(伊藤プロデューサー)

伊藤主税/いとうちから 1978年、愛知県豊橋市出身。俳優活動を経て、映画プロデューサーとして活動。映画で文化を生みたいと、映画製作会社and picturesを設立。短編オムニバス企画「Short Trial Project」シリーズや長編映画を製作し、国内外映画祭で受賞歴多数。プロデュース作品に『ホテルコパン』『古都』『栞』『デイアンドナイト』など。山田孝之、阿部進之介と共に発足した、俳優に学びとチャンスを提供するサービス「mirroRliar」にて一般クリエイターや監督を巻き込み、映画製作の魅力を伝えるプロジェクト『MIRRORLIAR FILMS』を始動。映画製作をきっかけとした地域活性化プロジェクトの推進などを目指す。教育にも力を入れており、10月よりオンライン・アクターズ・スクール「ACT芸能進学校(A芸)」を開校 (筆者撮影)

齊藤工監督の進言で、蒲郡市役所と連携した託児所も用意された。もともと齊藤監督は、映像現場で働く女性たちが、出産や育児のために、業界を離れていかざるをえないという現実を長きにわたって目のあたりにし、憂慮していた。

齊藤監督は2019年に、アメリカの放送局HBOが企画する「HBOアジア製作プロジェクト」に参加したが、その際、スタッフ・キャストへのサポート体制が構築されている海外の撮影現場を見ならって、託児所を設置したという。本作でも、山田、伊藤の両プロデューサーに託児所の設置を進言し、快諾してもらった。結果的に利用せずに済んだため、実際に稼働することはなかったが、新しい試みのひとつとして特筆してもいいだろう。

スタッフやキャストに対するもうひとつ先進的な取り組みがある。それは、製作委員会収入の一部を、制作に関わったほとんどの主要なスタッフ、キャストで分配する試みだ。

「スタッフや俳優は、制作費の中で支払われるギャラで生活しています。だからCMなど他の仕事を増やさないと生活できません。すると映画に使う時間がどんどん減っていってしまう。だからこそ映画の売り上げの一部をクリエーターたちに分配したい。ひとつの映画を作る仲間として、少しでもみんなが手と手を取り合って、その映画の成功のために勝負できる体制を作りたい。

情報共有が必要

そのためには、情報共有が今後の映画業界において必要なことだと思っています。ありがたいことに、スポンサーさんや出資者、俳優、監督、スタッフなど、いろんな賛同者が増えてきて、どんどんどんどん仲間が増えている。今後はもっとやりやすくなってくるのかなと思ってます」(伊藤プロデューサー)

今回の蒲郡市の試みは、近隣地域も興味を持ったそうで、愛知県の豊橋、豊川、岡崎、豊田、東海という5つの市の役員が撮影現場に勉強しに来たという。彼らは「映画を使った地域プロモーションは面白いし、こんなにも街がまとまるのか」と感銘を受けていたそうで、そこに可能性を見いだしていたという。今作をきっかけに3監督が、愛知県観光文化大使に任命された。地域と連携した映画作りのユニークな試みとして注目したい。

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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