日本ではなぜ「学者犬」教育が続けられるのか 弟子が師に抵抗できる「熟慮」の教育が必要

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日本の中でもこうした師弟関係がなかったわけではない。それは明治維新後に仏学塾を創設した中江兆民(1847~1901年)の学校においては、師弟が口角泡飛ばす状態であったという。実際、師の学問に対して徹底した抵抗をしなければ、教養の浅い弟子は、完全に師に取り込まれてしまう。だから弟子はひ弱でありながらも、自問し、師と必死に戦うのである。

こうしてしっかりとした師の教えが自分のものとなるのである。しかし、弟子には師ですら持ちえない切り札がある。それは、未来である。師の知識の繰り返しでは、師の時代より先には行けない。未来に責任をもつ弟子は、師を乗り越えて先に進まざるをえないのだ。

役に立つ教育の恐ろしさ

もちろんこうした権威的教師による、従属型の教育は日本にだけ存在していたわけではない。19世紀においては、イギリスでも、生徒の質問など受け付けず、ただ機械的に知識を詰め込む授業が一般的であった。工場で大量生産される商品のように、どの生徒も同じ規格で「金太郎あめ」のような人間として生産される。

そんな話をイギリスの小説家であるディケンズ(1812~1870年)は、『ハード・タイムズ』の冒頭で、師の教えを充実に守り、教師となった人物を使って述べている。英文学者の小池滋氏は『英国流立身出世と教育』(岩波新書、1992年)の「役に立つ教育の恐ろしさ」という章の中で、「かわいそうな先生」としてこの小説をあげている。そこから一部引用するとこうだ。

「彼と彼の140人ほどの教師は、近年同じ工場で、同時に、同じシステムに基づいて生産されたものだった。ちょうどピアノの脚と同じように」(135ページ)

イギリスの教育も、下層階級のものには単純な、役に立つ知識の暗記教育を義務付け、けっしてその内容について質問させないという教育を施していたのである。マルクスは『資本論』第1巻の「分業とマニュファクチュア」の中で、アダム・ファーガソンの言葉を引用しているが、その言葉はこうだ。「無知は迷信の母であるように産業の母である。熟慮と想像力は誤謬をつくりだす」と。つまり、無知ほど産業発展に結びつくものはないと述べているのだ。労働者はつべこべ言わずに、ただ暗記すればいいということだ。

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