誤ったESGの議論は格差を拡大し成長を損なう 日本企業に株主主権の強化を求めたのは間違い

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そして、これはGの強化により日本経済全体の高い成長を実現できるなどと口にする政治家たちの思考不足をあざ笑うものでもある。なぜなら、一般に富裕層の消費性向は低く貧困層の消費性向は高い。だから、貧富の格差拡大は公正あるいは社会正義の問題だけでなく、いわゆる総需要の伸び悩みをも通じて国民経済成長の足を引っ張るのである。株主ガバナンス論は、長期的には日本を貧しくしかねないのである。

そこまで考えれば、第2次大戦後の公職追放の結果として従業員出身取締役に支配されていたとされる日本企業についても見方が変わってくるだろう。アングロサクソン型経営が世界標準となる中で、従業員に軸足を置きすぎと批判されるようになった日本的経営こそが、あの「高度経済成長」の理由の一つだったかもしれないという気がしてくるからである。そして似たような話がありそうなのは日本だけではない。重要な意思決定には従業員代表の同意が必要だとする「共同決定法」という法律の下にあった旧西ドイツがそれだ。

日本の企業経営に活力が失われた理由も、冷戦終了後のドイツの企業から輝きが消えていった理由も、国際的資本移動自由化の下で株主優遇を競い合うというという意味での「底辺への競争」に呑み込まれ、結果として株主以外のステークホルダー、とりわけ従業員たちとの合意を重視しなくなったことに関係があるだろうと筆者は考えている。

環境や社会への影響を専門に見る取締役が必要

そうしたなか、もう2年近く前になる2019年8月に、筆者が衝撃を受けたニュースがあった。アメリカのトップ企業経営者たちが作るフォーラムであるビジネスラウンドテーブルが、これからの企業経営について、株主だけを重視するのではなく、従業員や地域住民などの広範なステークホルダーたちとの対話と合意を尊重すべきと提言したのである。

提言に関する日本メディアの伝え方には、これは大企業が格差拡大による批判を怖れたからだ、そこまでアメリカにおける分配の不平等は深刻なのだ、というニュアンスのものが多かった。しかし、コースの定理に沿って考えれば、この提言は株主利益のかさ上げにも使えることは明らかである。強力な株主主権の下で株主代表である経営陣が従業員その他のステークホルダーたちと交渉すれば、前掲の図のDの大部分は株主に帰属し、貧富の格差はさらに拡大する可能性だってありうるのだ。そのことを突いた論説が展開されることがなかったのは、わが国の知的貧困であると思う。

本当はどうすればよいのか。企業ガバナンスを改革して格差是正につなげる、本当にSを実現するためにGを変える。それにはどうすればよいのだろうか。旧西ドイツ流の「共同決定法」はもはや答えにならないと思う。いわゆる資本移動の自由化によって生まれた国家間での資本誘致競争、いわゆる底辺への競争のもとでは、一国だけがそんな法律を作っても無意味だからだ。

筆者が状況を改善するアイデアになりうると思っているのは、株式会社の経営陣ラインアップに、株主利益への奉仕ではなく、自由にEやSのために、社会の持続可能性のためだけに奉仕する役割を付託された取締役を設置する運動を始めることなのだ。それについては場を改めて語りたい。

岩村 充 早稲田大学名誉教授

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いわむら みつる / Mitsuru Iwamura

1950年、東京都生まれ。東京大学経済学部卒業。日本銀行企画局兼信用機構局参事を経て、1998年より2021年3月まで早稲田大学教授。2021年4月より早稲田大学名誉教授。2017年7月に(社)自律分散社会フォーラムを設立し代表理事に就任。『国家・企業・通貨』(2020年2月・新潮選書)、『ポストコロナの資本主義』(2020年8月・日本経済新聞出版)など著書多数。

 

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