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現代の狩猟採集民?都会でもできる「採取生活」 春本番!「食べられる野草」が教えてくれること

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初めて現物を見たのは会社員時代で、出張先の沖縄で公設市場を見学に行ったら普通に八百屋に売っていた。おおヨモギって野菜だったのか、これは珍しいと喜んで買って帰った。でも飛行機で持ち帰る間に見事にシナシナになった。仕方がないので沖縄風に雑炊に入れて食べたが、可もなく不可もなく、ふうんというようなお味であった。

で、それからしばらくたったある日、会社帰りに自宅へと向かう坂道を登っていて、ふと道路脇の街路樹の下を見たら……いや、これは、どう見てもあのヨモギなんじゃ……? 恐る恐る先端をちぎって香りを嗅いでみると、いやまさにヨモギ以外の何物でもない! しかも今採取したばかりだからフレッシュそのものである。

私たちは無料のゴチソウに囲まれている

ということで、ドキドキしながら先端の柔らかそうなところをちぎって持ち帰り、天ぷらにして食べた。

いやー……なにこれ? 超おいしいんですけど? ほんのりした苦味と鼻腔を満たす爽やかな香り! こんなん食べたことないよ! 

ヨモギ天丼。付け合わせのユズも、近所の木から落ちてきたのを拾った(写真:筆者提供)

ということで、それ以来しょっちゅうヨモギを摘み帰っては、翌日の弁当にヨモギ天丼を持参してホクホク食べ続けた。野草というものは一度目につくと、自分の目が「野草スコープ」になってしまい、そこらじゅうのヨモギがこれでもかと目に飛び込んでくる。そうなってみると、ヨモギとはもうそこらじゅうに嫌というほど元気に生えまくっているのだった。

つまりは私はこれまでもずっと、このような無料のゴチソウに囲まれて生きていたのに、そのことにまったく気づかぬまま半世紀近く生きてきたのだ。

そう気づいたとき、私の価値観は大きく揺さぶられた。それまでずっと、世の中とは、金であれモノであれ「あるかないか」だと思っていたが、実は「気づくか気づかないか」だったのだ。気づいたものの前には無限の宝が広がっている。しかし気づかぬものの前に広がるのは無限の荒野なのである。

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