14歳の少女が精神病院で体験した「極限の地獄」

拒食症理由に強制入院で77日間身体拘束された

入浴もできず、数日に一度の看護師による手か足の部分浴か清拭のみがなされた。

「点滴が落ちるのを見ることぐらいしかできない身体拘束中は、1分1秒、時間が経つのがとても長く感じました。その間、私はどうしたらこの拘束が解け地獄から抜け出せるのか、必死で考え続けました」

禅問答続きでの拘束継続

主治医からは身体拘束の理由について、「自分を見つめなおすため」「自分と向き合う時間を作るため」といった抽象的な説明ばかりで、Aさんのその時点での状態の説明や治療目的、どうすれば拘束が外れるかの具体的説明などは、何ひとつなかった。

「だからいろいろな話し方をして、試してみました。時には身体拘束を含めすべてを受け入れるような従順な発言や主治医を信頼しているような発言をしてみたり、別のときには激しい口調で反抗的な態度をとってみたり。それでも『どうしてそう思うのかな?』などと返させる禅問答続きで、一向に状況は変わりませんでした」

いつまで続くかわからない身体拘束から逃れるべく、必死で考え続けるAさんを前に、主治医はこんな雑談をしたこともあった。

「この前、映画の『崖の上のポニョ』を娘と見に行って楽しかったと言って、こんな歌なんだよと、『ポーニョ、ポーニョ、ポニョ、さかなの子~~』と主題歌を歌いだしたこともありました。私から奪い取っている外の世界の楽しい様子をなぜ私に聞かせるのか。私がこんな目に遭っているときに、この人は人生を楽しんでいるんだろうなと、絶望的な気持ちになりました」

考え続けた結果、Aさんが生育過程での母親との関係性の悪化について話をするときだけ、禅問答のような聞き返しがなく、Aさんの話を納得したように黙って聞いてくれることに気がついた。

「主治医はこの病気の原因を母親との親子関係に結び付ければ満足してくれるのだと思い、その方向で話を合わせるようになってからは、拘束が緩んでいくのが早くなりました」

結局、全拘束が解除されたのは8月上旬、5月下旬から77日間にわたって、24時間拘束が続いたことになる。両親と面会が許されたのは、それからさらに1カ月半先の9月末のことだ。退院はさらに2カ月後となる11月末、入院からちょうど半年が過ぎていた。

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