病院を襲った津波、遺された者たちの深い葛藤 静岡のJCHO病院はなぜ浸水地域に移転するのか

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一方、入院していた患者を置いて職員だけ逃げれば、生涯、その責を背負って苦悩することになる。加えて生死をわけた同僚への思いや、非番や夜勤明け、出張などで、その場にいられなかったことへの後悔もある。雄勝病院の職員は、二重三重の重荷を背負わされたのだ。誰かが言葉を発すれば、誰かが傷つく。

裕美さんの父親である鈴木副院長は、あの日の大きな揺れのあと、裏の駐車場に出て様子をうかがっていた。近所の長老が「津波さくる。早く逃げろ!」と呼びかけた。これに対して鈴木副院長がどう答えたのか、ある職員は覚えていた。

「患者を置いて逃げられない。さあ、戻りましょう」

鈴木副院長は、そう言って院内へと消えていった。その直後だった。防潮堤を津波が越えてきた。最初は少しずつだが、やがて大きなうねりになって駐車場に流れ込む。またたく間に1階を越えて2階に達し、病棟のある3階に迫ろうとしている。

院内では、職員が患者を屋上に上げようとしていた。シーツの4隅を引っ張って4人がかりで運ぼうとしたが、津波はすぐそこに迫っている。そのとき、鈴木副院長の大きな声が響いた。

うめきが飛び交う阿鼻叫喚の現場

「もうダメだ! 屋上へ上がれ!」

屋上に上がると、ものすごい轟音とともに流されてきた民家が、目の前で打ち砕かれている。鈴木副院長は、屋上のへりにあるコンクリートの壁に乗るよう職員に指示するが、職員たちは次々と流されていく。

波の間から鈴木副院長の「乗り移れ!」という大声が聞こえた。流されてきた建物の屋根に上れという意味だ。屋根から滑り落ちる看護師に「サンダルを脱げ!」「靴下も脱げ!」。波にもまれる看護師に、「そこのタイヤにつかまれ!」。悲鳴や叫び声、うめきが飛び交う阿鼻叫喚の現場だった。

職員らは屋根にしがみつき、波に翻弄されながら雄勝湾に流されていった。屋根に上って助かった看護師の1人は、離れていく別の屋根の上にいた鈴木副院長の姿を覚えている。最後まで「頑張れよ!」とみんなを励ましていた。しかし、その声もだんだんと遠ざかっていく。

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