WHOが中国に「踏み込みきれない」本当の理由 忖度云々以前に、強い権限を持っていない

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平和利用としては、化学薬品工場、ワクチン製造工場、病院の放射線診断機器、原子力発電所などが挙げられ、人類の社会生活に欠かせない。しかし、軍事利用した場合には、化学兵器、生物兵器、ダーティーボム、核兵器となる。感染症危機を含め、CBRN関連の危機では、被害低減のために医療・公衆衛生的な危機管理オペレーションが必須となる。

CBRNは、一般的に軍縮分野として扱われることが多いが、実際は医療・公衆衛生分野と軍縮分野は、相互に折り重なっており、「保健と安全保障の接続(Health-Security Interface)」と呼べる実態が存在する。

生物科学的脅威に対するシステムは脆弱

CBRN領域には、平和、および軍事利用双方の視点から規制する国際法と国際機関がそれぞれ存在する。化学剤の規制は、主に化学兵器禁止条約(CWC)と化学兵器禁止機関(OPCW)が担っている。放射性物質・核兵器の規制は、核不拡散条約(NPT)と国際原子力機関(IAEA)が中心的役割を果たす。

OPCWとIAEAの両者共に査察権限を有しており、専門の査察官も擁している。また、CWCにもNPTにも締約国会議が設置され、条約運用のためのガバナンスが利くようになっている。

このように、化学と放射線・核は、中核となる条約と独立した国際機関によって整然としたシステムが構築されているが、生物学的脅威についてはそうした整然とした構造になっておらず、システムが分裂しているうえに、脆弱だ。

人為的な感染症に対しては、生物兵器禁止条約(BWC)というものが存在するが、それに基づく独立した国際機関が存在せず、それによる査察もない。国連軍縮部がBWCの事務を請け負っているが、極めて少人数で運用されている。

自然発生的な感染症に対しては、国際保健規則(IHR)とWHOが存在する。感染症危機は、その原因が人為的であれ、自然発生的であれ、危機が発生してしまった後の危機管理オペレーションは、人為的な場合に司法当局の捜査や防衛当局が関与する以外は、大まかには変わらないことを踏まえれば、実質的にはIHRも人為的な感染症をカバーしていると言える。

しかし、そもそもIHRには、締約国会議が存在せず、運用するための締約国による機動的なガバナンスが利いていない。日々の運用のために、WHO内に小さな事務局が置かれているだけである。IHRには査察権限など規定されておらず、したがって、それを管理するWHOに査察権限などは存在しない。IHRそのものを運用するための独立した財源も存在せず、WHOの予算の一部でまかなわれているだけである。

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