WHOが中国に「踏み込みきれない」本当の理由 忖度云々以前に、強い権限を持っていない

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生物学的脅威に対する査察の制度化を通じてWHOを強化することは、非常に困難が予想されるだろう。しかし、国際機関のミッションを受け入れることは、ときに外交的にも内政的にも有用である。

2015年5月に韓国で中東呼吸器症候群(MERS)アウトブレイクが発生した際には、その初期対応の失敗により感染が拡大し、朴槿恵政権の支持率が一気に10ポイント以上も下落した。さらに、韓国政府から国際社会への情報共有がなかなか行われなかったため、韓国政府に対する国際世論の不信感が高まっていた。

この点は、日本政府が、2020年2月にダイヤモンド・プリンセス号における新型コロナアウトブレイクの対応に追われ、国際社会への情報発信が十分になされず、国際世論の不信感が高まった状況に酷似している。

日本政府はどうすべきか

しかし、韓国は、翌6月にWHOとの合同調査ミッションを実施し、国内外へのコミュニケーションが改善されたことで、韓国政府に対する国民や、国際社会の信頼が回復された。

条約の締結によってWHOに正式な査察権限を付与することの実現可能性は高くないと思われる。しかし、国際社会に対するコミュニケーションの必要性や、アジア地域が感染症危機の頻発地域である点を踏まえ、日本政府は、東アジア地域で感染症危機が発生した場合、日中韓三国保健相会合の枠組みの下にWHOを加えた合同調査ミッションを定例的に行うことを検討してはどうか。

ASEAN諸国も巻き込み、アジア地域における地域機構としてもいいだろう。表奉行が強化される可能性が低いのであれば、地域の町屋衆(主権国家群)が主導して秩序を構築していくしかない。これは、WTOを背景とした貿易自由化交渉が機能せず、代わりに地域国家間の自由貿易協定(FTA)が隆盛したことと似ている。

新型コロナ危機を経て、生物学的脅威に対する国際レジームの分裂性と脆弱性は、いくぶんは改善されるだろうが、世界規模での改革には困難が伴うだろう。そうであれば、地域機構としてそれらを整備していくのも手であり、日本政府の構想力とリーダーシップに期待したい。

阿部 圭史 政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー

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あべけいし / Keishi Abe

政策研究大学院大学 政策研究院 シニア・フェロー、医師。専門は国際政治・安全保障・危機管理・医療・公衆衛生。国立国際医療研究センターを経て、厚生労働省入省。ワクチン政策等の内政、国際機関や諸外国との外交、国際的に脅威となる感染症に対する危機管理に従事。また、WHO(世界保健機関)健康危機管理官として感染症危機管理政策、大量破壊兵器に対する公衆衛生危機管理政策、脆弱国家における人道危機対応に従事。著書に『感染症の国家戦略 日本の安全保障と危機管理』、『コロナ民間臨調報告書』(共著)。北海道大学医学部卒業。ジョージタウン大学外交大学院修士課程(国際政治・安全保障専攻)修了。

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