川崎市の接種訓練では、エキストラの高齢者は上着を着たまま、接種は模擬的に行われたので着脱の問題が指摘されることはなかった。また、医療従事者のユニホームも基本半袖で、少しめくれば簡単に肩近くまで露出するため、接種はスムーズだ。
今月公開された川崎市の報告書を見るとわかるが、接種会場には、プライバシーを守りながら接種準備のできる「接種前室」のようなものは想定されていない。
医療機関での接種では、予診室からそのまま接種室へ誘導される。集団接種では、予診室と接種室の間のオープンスペースに椅子が並べられて待機する形だ。つまり接種室で、衣服を脱ぎ、接種を受け、そしてまた着る、という一連の作業をすべて行うことになっている。
肩まですぐ出せる“ドレスコード”を事前に盛んに周知徹底しておかなければ、想定外のボトルネックとなり、大渋滞は免れないだろう。
「第2のHPVワクチン」になる可能性
さて、私が今回これほどに筋肉注射に注目しているのは、誤解から接種拒否が生じる、あるいは計算違いからスムーズな実施が妨げられる、といった事態を恐れるからだ。
特に、筋肉注射の方法が適切でなかったために痛みや炎症が強く出て、「血管迷走神経反射」が引き起こされてしまったら……。すぐに思い出されるのはHPVワクチンの轍だ。
子宮頸がんを始めHPV(ヒトパピローマウイルス)感染から生じるがんを予防するHPVワクチンも、筋肉注射である。2013年に定期接種化された直後、接種率は70%に達していた。ところが副反応のデマが広がり、政府がわずか2カ月で積極的勧奨を取り下げたことで、1%未満まで急落した。
副反応とされた失神などの症状は、ワクチンそのものでなく注射の痛みや恐怖などによる、血管迷走神経反射だったと考えられる。
そもそも国内で筋肉注射が廃れたのも、不適切な使用に端を発する誤解が元だった。日本の医療現場では1970年代まで、風邪の治療に、実際は効果のない抗生剤が筋肉注射されていた。筋肉が動かしにくくなるトラブルが続出し、科学的根拠や検証の乏しいまま、予防接種の大半が筋肉注射から皮下注射に置き換わった。
誤解によって事実上排除されてから40年余、筋肉注射が、今度は16歳以上の国民全員を対象に行われる。新型コロナワクチンでは、アナフィラキシーその他の副反応を心配する人もいる。半信半疑でためらいつつ接種を受け、しかも想定以上の苦痛を味わえば、血管迷走神経反射のリスクも高まりかねない。
接種直後に失神するといった事態を目撃すれば、かなりの衝撃だ。「新型コロナワクチンは失神やけいれんを起こす危険なワクチンだ」といった誤解も広がるだろう。接種を受ける側、行う側がともに正しい知識を共有して接種に臨み、正しく接種を受けられる体制を整えねばならない。
新型コロナワクチンは、世界的には入手困難な貴重なワクチンだ。ハイリスクの人たちを守り、経済社会を正常化させるための重要な武器でもある。誤解によって無駄にしたり、せっかくの接種機会をむげにしたりするようなことがあってはならない。
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