夢も目標もない若者を変えた「ある趣味」の正体 「レールから外れる人生」を恐れなくなった理由

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そんな丹治さんの意識が変わったのは2011年3月11日、院への入学を控えた大学4年生の頃だった。スキーサークルの試合の応援に群馬のスキー場を訪れていたときに東日本大震災が起きた。

「スキー場での揺れは震度3~4くらいで、よくある地震かと思っていたんですけど。宿に帰ってテレビを見たら津波で街が流されている様子が放送されていました」

今まで見たこともないような光景に衝撃を受けた。

東日本大震災で一変した日常

それから日常の風景は一変した。交通網はすっかりマヒして、ガソリンスタンドには大行列ができた。アルバイト先のコンビニでは、計画停電で真っ暗闇の中、懐中電灯の明かりを頼りにレジ打ちをする。パンなどの入荷があると、来た瞬間からすごい勢いで売れてしまった。

「ニュースで見ることが自分の生活に直結すると、初めて響いてきた瞬間でした。社会を揺るがす大きな事件はそれ以前もあったのですが、阪神・淡路大震災のときは西日本だったので自分の生活に関わる感覚はわかなかったし、地下鉄サリン事件はまだ子どもであまり記憶にもなくて」

ニュースを積極的に見るようになった。最初はネットで記事を読んで、そして現地にも訪れ、世の中の物事を知ろうとする姿勢が芽生えた。震災の半年後には岩手県大船渡市へ、一年半後には福島県南相馬市へボランティアに訪れた。

「一年半もすると、震災のことは東京であまり話題に上がらなくなっていました。でも、福島に来ると、こちらでは毎朝『今朝は放射線が何ベクレルだった』と話をしていて、それが日常になっていました」

ひとつの出来事でも、地域や立場が変わってくるだけで、これだけ見える世界が変わってくる。これを機に、知らないことや興味を持ったことは自分で調べるだけでなく、現地を訪れたり話を聞きに行く習慣が、少しずつ丹治さんの中で芽生えていった。

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