徳川慶喜が重用、渋沢栄一「怒濤の提案」の中身 人材獲得から財政再建にも及んだ卓越した手腕

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この理詰めに、喜作も納得せざるをえなかった。ベストではなくてもベターな選択を。そんな渋沢の合理的な判断が生かされた場面だといえよう。

だが、どんなときでも、決して卑屈にはならないのが渋沢である。2人で平岡に会いに行くと、お礼はきちんと伝えながらも「志を翻して、食べるための禄を願うことははなはだ好みません」と伝えたうえで、任官に条件をつけ、意見書まで提出している。

任官の条件とは「慶喜(一橋慶喜、のちの徳川慶喜)公に今の世の中で志ある者を召し抱えて、京都御所を警護する思いがあるならば」というもの。さらに「直接、慶喜公に拝謁したい」とまで言い出した。さすがの平岡も「前例がないから難しい」と退けるが、「なれば任官しない」と渋沢も譲らない。

言うべきことは言う渋沢の姿勢には「助けてもらう立場だから」「農民の身でありながら」という気後れが一切見られない。そばにいた喜作も、さぞ頼もしさを覚えたに違いない。

慶喜に会うよりも走ることが不安だった渋沢

渋沢の強情さに平岡も折れ、慶喜とのアポイントメントを調節。日中に馬に乗って遠出するときに、駆けながら慶喜と話すことを許された。要求が認められた渋沢だが、内心はこんな不安を抱えていた。

「これには自分も大いに困りぬいた。なぜかというと、自分の身体はその頃から肥満しており、とくに背も低いから、走り続けることはきわめて大変であった」

慶喜に会うことよりも、体型的に走ることを不安がった渋沢だったが、当日は慶喜の走らせる馬と並走して話もできた。別の機会には、室内でのお目通りもかなえられている。

そこでは、渋沢が「幕府を立て直す必要がある」と強弁すると、慶喜は「ふんふん」と聞き、賛成も反対もしなかったという。合理的な渋沢は、会社で言えば「入りたて」という状況をフル活用し、トップリーダーに顔を覚えてもらうことに成功したといえるだろう。

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