ナンバー2が「イエスマン」の会社が伸びる理由 小山昇が750社を訪問して気づいた法則

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私がこれまで指導してきた750社の中で、社長とナンバー2が「がっちりスクラムを組んで舵取りをしていた会社」は、全体の1割もありません。「50社」あるかないか、だと思います。

とくに2代目、3代目の社長は、「先代社長時代のナンバー2」と、どれだけ上手につき合えるかに留意すべきです。先代社長時代のナンバー2の協力が得られないと、社長はまず孤立します。

一緒にお酒でも飲んで、ひざを突き合わせて、「いろいろ教えてください。協力してください」とお願いをしてみればいいでしょう。

A社の社長は、「15年間、一度もナンバー2とお酒を飲んだことがない」といいます。この会社の離職率は高かったのですが、社長とナンバー2の足並みがそろっていなかったことが大きな原因のひとつだと考えます。業績も下がりましたし、幹部の退職も相次ぐという事態になりました。

多くの社長が苦手な仕事とは?

多くの社長は、人に頭を下げることができません。「頭を下げる」には3つの意味があります。「お詫びする」ことと「感謝を伝える」こと、そして「教えてもらう」ことです。

人に聞く、人に教えてもらうのは、恥ではありません。人が伸びるために最も必要な条件です。聞くのはただです。どんどん聞けばいい。プライドや不格好を気にせず、「人に(社員に)聞く」ことができる社長は、社員からも信頼されます。

今でこそ武蔵野は、「社員が辞めない超ホワイト企業」へと成長しましたが、かつては「人がゴロゴロ辞める超・超ブラック企業」でした。

私は27歳のとき、武蔵野の創業者、藤本寅雄と衝突して会社を辞めました。その後、株式会社ダスキンの社員を経て、「株式会社ベリー」という貸しおしぼりの会社を設立しました。

ベリーの経営が堅調になったころ、病気療養中の藤本から、「武蔵野に戻ってほしい」と頼まれ、武蔵野に専務として再入社しました(ベリーの社長も兼任しました)。1987年のことです。

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