感染症との闘いを生きる上で押さえたい大原則 人間の好奇心を揺さぶる「はじめて」を学ぶ
テーマも「生活」から「平和と戦争」まで多彩だが、今回は新型コロナの問題にもつながっていくであろう「健康と医療」に注目してみたい。まずは、現代医学のはじまりの指標になったという3つの「はじめて」をご紹介しておこう。
(2)英国の政治家フランシス・ベーコン(1561-1626年)が、経験的な「科学的手法」として知られるようになったものを、はじめて明確に記述したこと。知識と理論は、既知の真実に基づくのではなく、明白に立証可能で絶えず再評価できる事実に基づくべきであるという教えだ。
(3)オランダ人アントニ・ファン・レーウェンフック(1632-1723年)が、自ら設計・製作した顕微鏡を用いて、細菌、精子、赤血球、その他の微小生命体の隠された世界を明らかにしたこと。(92〜93ページより)
以下では「薬」カテゴリのなかから、いくつかのトピックスをピックアップする。なお、ロス氏によればそれらの「はじめて」も、この3つの柱に支えられて成り立っているといっても過言ではないそうだ。
細菌との戦い
十分に考えられることではあるが、不潔な状態と感染とのつながりが発見されるまでには、やはり多くの時間が費やされたようだ。“正しい理解”に近づいたのは、古代および中世の何人かの医師が「病気は(悪い空気ではなく)目に見えない「種子」によって運ばれるものだとしたときのこと。だが、彼らはその推論を立証するだけの科学的知識を持ち合わせていなかった。
細菌論として知られる考えは、ドイツのイエズス会司祭であるアタナシウス・キルヒャーが17世紀半ばに書いた、ローマの疫病犠牲者に関する著述によって登場し、さらに上記のアントニ・ファン・レーウェンフックによる細菌の発見で大きく前進した。
ちなみに細菌理論が正しいことをはじめて立証した医師だったにもかかわらず、ゼメルヴァイスの業績はほぼ無視された。それどころか、精神病院に収容されて敗血症で世を去っているというのだから残酷な話だ。
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