ただし、この仕組みは、現代社会のようなネットとスマホで構築された過剰接続の時代を想定してはいない。ソーシャルメディアでシェアされる恐怖や嫌悪をあおる情報が、いわばおもちゃのヘビ(虚偽)のようなものにすぎなかったとしても、脅威に対する認識は直観を優先する傾向に引きずられやすいのである。
当然ながら、社会や経済の危機的な状況下において、ネットを通じて諸悪の根源を追求しようとする振る舞いは、生存本能に促された自然な行為といえる面がある。しかし、目の前に「洪水」や「猛獣」などが迫り来るような、自身に危害が及ぶ緊急性がさほどない場合は、その多くが不必要なアラームとも考えられる。進化上重要なスイッチではあるけれども、他部族の襲撃や干ばつによる飢餓などが身近ではなくなった現代では、作動するにぶさわしい機会は恐らくかなり稀なはずで、むしろ検知の感度が高いほうが厄介だからである。
人間の道徳基盤が強く刺激された場合に
社会心理学者のジョナサン・ハイトは、複数の認知モジュールで構成される道徳基盤が、人間にあると主張する。それらのいずれかが強く刺激された場合に、その出力として引き起こされる情動が方向性を決めるという。
公正/欺瞞のモジュールであれば怒り・感謝、忠誠/背信のモジュールであれば裏切り者に対する怒りなど、権威/服従のモジュールであれば、尊敬・恐れが誘発される(『社会はなぜ左と右にわかれるのか 対立を超えるための道徳心理学』高橋洋訳、紀伊國屋書店)。これがネットを飛び交う真偽不明の情報によっても生じ、情動が瞬時に物事の善し悪しを判断して、「闘争か、逃走か」モードに移行するのだ。
その際、ネットで悲観的な情報を漁り続ける「ドゥーム・スクローリング」(Doomscrolling)は、このような心理的な反応を積極的に作り出す大きな要因となる。コロナワクチンの接種はマイクロチップを埋め込むためで、それによって人類家畜化計画が成就するといったデマであっても、自分の生命を脅かすかもしれない出来事と切実に感じれば、関連するニュースや投稿を執拗に追い続け、世界がホラーハウスに見え始めてくるだろう。
これは、地球温暖化が恐ろしくて夜も寝られず、抑うつ状態になる「エコ不安症」とまったく同じメカニズムだ。つまり、情動のスイッチが誤作動を起こして入りっぱなしになるのである。
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