ふかわりょうが「タモリ」を心底尊敬する理由 力は抜くけど、いい加減ではないという塩梅

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昼食は、いくつかのお店をローテーションしていました。壁が油まみれの定食屋さん、こぢんまりとしたおそば屋さん、カウンターだけのラーメン屋さんなど。ごちそうを期待していたわけではないですが、全国ネットの司会をした後の食事にしてはとても質素で、庶民的な場所ばかり。奥の個室に案内されるわけでもなく、一般のお客さんとして利用していました。

昼食を済ませると、よくゴルフ練習場に向かいました。芸能人といえばゴルフというイメージが強い時代。私も慌ててクラブのセットを購入しましたが、アルタに持っていくことはできず、ここでは見学。

子供の頃、よく父の打ちっ放しについていったものですが、そこには、打ちっ放し仲間のおじさんたちと談笑しながらクラブを握るタモリさんの姿がありました。さっきまでアルタでマイクを握っていた方が、いつの間にかごく普通のおじさんたちに同化しています。周囲も気づいていない様子。打ちっ放しが終わると次の現場かご自宅に帰られるのですが、その日、タモリさんの口から耳を疑う言葉が飛び出しました。

「じゃあ、お前の家行くか」

冗談なのか本気なのか、あまりに唐突な提案。うちに来てどうするのか。何か審査されるのか。タモリさんを喜ばせるようなものは何もないし。不安が払拭されないまま、2人を乗せた車は、私の1人暮らしの家に向かいました。

ピアノが置いてあるのを見ると…

渋谷の公園通りの裏にあるマンションの前で停車すると、運転手さんを残し、エントランスを通過する2人。当時、一丁前にも受付のあるマンションに住んでいたのですが、受付の女性はさぞ驚いたことでしょう。

「結構いいところに住んでるな」

相当散らかっているので一旦片づけタイムが欲しかったのですが、お待たせするわけにはいきません。エレベーターを降り、いつものように鍵を開け、タモリさんを連れて帰宅する午後3時。これは夢なのか。あまりにシュールで脳の処理が追いつきません。

「すみません、散らかってて」

しかし、タモリさんは玄関からなかなか進みません。棚の上にある植物や置き物を手にしては、一言添えてボケてくるのです。さっきまで全国に向けてボケまくっていたエンターテイナーが、今、たった1人の男を笑わそうとしています。私は、本番以上に油断できなくなりました。

「なんだよ、ピアノあるの?」

当時、部屋を占拠していた猫足のアップライト・ピアノ。おもむろにいすに腰掛け、ふたを開けました。

「え、もしかして……」

タモリさんの指が鍵盤の上で動いています。どこかで聞いたことがある音色。

「白鍵だけ弾いてれば、な? 雰囲気出るんだよ」

それは往年のギャグ、「誰でも弾けるチック・コリア」。テクニックなどなくても雰囲気だけでジャズプレイヤーになれてしまうという、まさしくタモリさんの真骨頂。まさかこんな目の前で、しかも私のピアノで。こちらからリクエストしたわけじゃないのに。感動とともにますます頭が混乱してきました。気持ちを落ち着かせるために、キッチンで紅茶を入れて戻ってくると、タモリさんの姿がありません。

「あれ?」

タモリさんは、ベッドの上で仰向けになり、安らかに仮眠をとっていました。天に召されるような姿で。

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