ネット炎上参加で勝ち誇る人への大いなる疑問 指バッシングが自己確認の儀式になっている

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バラク・オバマ前アメリカ大統領は、昨年10月にシカゴで行われたオバマ財団のイベントで、他者を徹底的に非難するツイートをしたり、ハッシュタグを入れたりして、世の中のために良いことをした気になって、あとは傍観者を決め込む態度を痛烈に批判した。彼はそのような人々の心理を見事に言語化している。

『俺はできるだけ他人を非難して、相手にいい加減にしろと言い放って、世の中を変える。あいつの行いは間違っているとか、あいつは文法すら知らないで喋っているとツイートしたり、ハッシュタグしてやるんだ。世の中のために良いことをした俺は気分が良くなって、あとは傍観者を決め込む。なあ、俺ってものすごくウォークだろう? だってアンタをこれだけ非難したんだから。じゃ、俺はテレビでお気に入りの番組でもみるかな』というような態度だ。こんなものは行動主義じゃない。こんなやり方で世の中を変えることなどできない。(オバマ前大統領、ネット上の過激な批判カルチャーを非難「世の中は変わらない」/Rolling Stone Japan 2019年11月1日配信)

「ウォーク」(woke)とは、社会的不公平や人種差別、性差別に対して敏感であることを言うが、オバマが不愉快だと述べているのは、実際に職場における不正を告発したり、社会的弱者に手を差し伸べたりといった、それ相応の関係性やコストが伴う行動主義は敬遠するくせに、ソーシャルメディア上で指先を動かすだけで「世の中を変えた」気になり、まるで正義の鉄槌を下した英雄のごとく振る舞う恥知らずな人々のことだ。

そもそも社会課題ではなく自意識に端を発している

彼らは、ソーシャルメディア上で可視化されたネットのコンテンツだけを注視し、「これは自分が傷付けられている!」と脊髄反射的に被害者感情を爆発させる。そもそも社会課題ではなく、自意識に端を発しているのだ。

わたしたちが認識している世界の主要部分がスマホで占められつつあり、場合によってはその大半がソーシャルメディアの言説で埋め尽くされる中で、最も情動を刺激するアテンション(関心)に過剰反応し、素早くリアクションする作法が色濃くなっている。狭隘(きょうあい)なアプリの島宇宙に閉じ込められている自覚すら失われ、そのいびつな神経系に進んで適応しようとすらしている。これはアテンション・エコノミー(関心経済)のいわば奴隷である。

だが、ほとんど無意味に思える「指バッシング」を承認ごっことみなすのは早計かもしれない。美しい風景を眺めたり、物思いに耽ったり、ペットと戯れたり、誰かと散歩することなどよりも、「指バッシング」がアイデンティファイ(自己確認)のための重要な儀式となっているとも考えられるからだ。これが過熱するキャンセル・カルチャーを生み出す土壌にもなっているとすれば、コロナ禍で社会の分断と孤立がますます顕在化する状況下において相当根深い問題である。

わたしたちはさっきからいったいここで何をしているのか?――思わずこう問いかけずにはいられない「感情を乗っ取られた」事態への内省が求められている。

真鍋 厚 評論家、著述家

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まなべ・あつし / Atsushi Manabe

1979年、奈良県生まれ。大阪芸術大学大学院修士課程修了。出版社に勤める傍ら評論活動を展開。 単著に『テロリスト・ワールド』(現代書館)、『不寛容という不安』(彩流社)。(写真撮影:長谷部ナオキチ)

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