末期がん妻に夫が学んだ「後悔しない看取り方」 50代夫婦、2人暮らしの涙と笑いの奮闘記後編
9月30日朝、妻は僕の目の前で息を引き取った。
葬儀社との打ち合わせは通常2時間以上かかるはずが40分で終わった。会葬御礼はクッキーとコーヒー、棺はシンプルに、骨壺は高さ8センチの小型のもの……。妻は病室に葬儀社を呼んで詳細な見積もりを取っていた。半月前に亡くなった樹木希林さんを思わせるみごとな「終活」だった。
翌日、冷凍していた玄米ごはんとインスタントみそ汁を仏前に供えた。次の日は冷蔵庫の残り物をカレーにした。「どれだけ料理を教えたと思ってるんや!」と言われた気がして、3日目は教わったレシピから選んだ。
僕のつくる料理なんてエサにしか思えない。でもお供えしたあとは食べるしかない。1年間で教わったレシピはごく簡単なものを含めれば約150品。それを毎日1品ずつくりつづけた。
料理によって無理矢理生かされていた
料理を教えられなければ、家に帰るのがいやで飲み歩き、半年もせずに酒におぼれていただろう。生きる意欲がなくても、料理によって無理矢理生かされていた。
いつだったか、「お別れが早いかも。ミツルに悲しい思いをさせてごめんね。もっと自由に仕事で飛び回れるはずだったのに」と妻が泣いた時、「苦労はふたりで半分こや。もし先に死んだら、そんなに待たせないから」と僕が答えると、大きな声で「ダメ!」と怒った。
「いっぱいいっぱい長生きして。ねっ、絶対長生きしてね。わかった?」と、僕がうなずくまで問いつづけた。
妻は料理をつくって食べることが大好きだった。僕に食べさせることも大好きだった。食いしん坊の妻の、あのきびしい料理指導は、自分の死後も僕に長生きしてほしい、という強い願いのあらわれだった。
最後に妻と僕の経験のうち、少しでも病で苦しむ患者さんや家族の方々に役立ちそうなことを伝えておきたい。
良質な訪問看護師やヘルパーがいれば、家族は患者の心を支えることに専念できる。医療保険や、40歳以上ならば介護保険を使えるから金銭的負担も比較的軽い。
点滴によるむくみで苦しむ人は多い。回復の見込みがないのにつらい検査を提案されることもある。「治療」中心の病院の医師以外に、在宅緩和ケアの医師の意見を聞いたほうがより的確に対応できたと思う。
死と向き合う患者に「元気になるよ」などと励ますのではなく、気持ちに寄り添う。でも介護する側は、奇跡の可能性をちょっとは信じたほうが、最期まで落ち着いて付き添える。その際、ツボ押しなどを学んでいれば、無力感が多少はやわらぐ。
妻は亡くなる2週間ほど前から、子ども時代にもどったり、あの世の祖父に声をかけたりするようになった。「看取り先生の遺言 2000人以上を看取った、がん専門医の『往生伝』」(奥野修司 文春文庫)によると、在宅で看取られる患者は「お迎え」を見ることが多く、「お迎え」を見た患者は穏やかな最期を迎えるという。
聖典には心を落ち着かせる力がある。妻の没後、涙が止まらない時に般若心経を唱えると、わずかながら心を平静にもどすことができた。
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