合計1250人逮捕した「名物刑事」の悔いなき人生 横浜のドヤ街・寿町で彼は今も生きている
ともあれ、寿町交番は500人もの暴徒に取り囲まれて、絶体絶命の危機に陥った。いくら屈強な警察官でも、わずか7、8人で500人を相手にはできない。伊勢佐木警察署に応援要請をする以外、打つ手はなかった。
暴徒はジリジリジリジリ包囲の輪を狭めてきた。命の危険を感じた西村の体の中で、何かが弾けた。
「私ね、スジの違うことをやられると、自分自身が見えなくなってしまうんですよ。私、残りの警官を全員交番の中に入れましてね、ひとりで交番前の段差に腰を下ろしたんです。開き直ったんですよ。そうしたら早速石が飛んできて、右の頬に当たりました……」
西村が少しでも動けば、暴徒に踏み殺されるかもしれなかった。一触即発のにらみ合いが続いた。西村はもはや、まな板の上の鯉の心境だった。
親分
すると、ある人物が暴徒をかき分けて西村の前に進み出てきた。それは、寿町界隈をシマにしているヤクザの親分だった。親分といっても、30を少し超えたぐらいの年齢だ。背後に若い衆をふたり従えていた。
暴徒がしんと静まり返ると、親分が口を開いた。
「ダンナ、どうしたんです」
どうしたもこうしたも、見てのとおり、一触即発の状態だ。すると親分は、暴徒のほうにくるりと向き直って、例の仁義を切る格好を取った。
「頼むから、帰ってくれ」
こうひとことだけ言うと、暴徒に頭を下げた。
「そうしたら、ものの10秒で500人からの暴徒がサーッといなくなってしまったんです。まるで、東映のヤクザ映画を見ているような気分でした。私ね、この親分とは疚(やま)しい関係は一切ないし、ヤクザを美化するつもりもないんだけど、このときに命を助けられたのは事実なんです」
暴徒が散ると、親分は再び西村のほうに向き直って、
「ダンナ、どっちが出世するか……お互い頑張りましょう」
と言い残して静かにその場を離れていった。親分のほうも、たったひとりで500人の暴徒と対峙していた西村に、何か感じるものがあったのかもしれなかった。
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