新WTO事務局長がすんなりと決まらない理由 アフリカ出身候補が本命だが就任に遅れも

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ただ、実現の時期は不透明だ。仮に韓国がバイデンの政権移行チーム(すでに通商関連のチームの人員は発表されている)と接触し、兪を降ろすことは差し支えないとの感触を得ても、実際にオコンジョ=イウェアラの指名は最短でも2021年1月20日の政権交代以降になる。もしアメリカ通商代表部の代表だけでなく、次席代表や在ジュネーブ大使など、実務レベルの新体制が立ち上がるのを待たなければならないとすれば、来春ぐらいまでかかる可能性もある。

またコロナ対策や人種問題、何より今回の選挙で顕わになった国内の政治的分断など、新政権の課題の中で通商を含む外交政策は必ずしも優先順位は高くないとも言われる。場合によっては、事態の収束までにはより長くかかる可能性もある。現状の迅速な打開のために、日本を含む同盟国としては、韓国による兪撤退の了承と、オコンジョ=イウェアラ支持を政権移行チームにしっかりと打ち込む必要がある。

新事務局長を待ち構える難問・WTO改革

新事務局長が誰になるにせよ、最大のミッションは再びアメリカを関与させながらWTO改革を成功に導くことだが、短期的に大きな成果を上げることは難しい。とりあえずは新型コロナウイルス感染症で延期され、日程さえ決まっていないカザフスタンでの第12回閣僚会議(MC12)をできるだけ早期に開催し、また成功裏に終わらせ、改革を軌道に乗せることが最優先課題だろう。

特にデジタル貿易、漁業補助金、投資円滑化の交渉では、この年末までにはすべて議長テキスト(両論併記の協定原案)が出揃う。MC12で最終合意には至らなくとも、これらを土台に少しでも合意に向けた具体的な前進が必要だ。

また、上級委員会も昨年12月の機能停止からそろそろ1年を迎えるが、WTO紛争解決手続の信頼性・実効性は大きく損なわれたままだ。これも1日も早く正常化の必要がある。そして新型コロナウイルス感染症によって落ち込んだ貿易の回復も急務だ。

オコンジョ=イウェアラ自身、11月16日のアメリカのピーターソン国際経済研究所のウェビナーで、特にポストコロナ対応、上級委員会危機、そして漁業補助金交渉を喫緊の課題に挙げ、課題な成果を期待せず、まずは加盟国間の地道な信頼醸成が必要だと説く。

事務局長選中、彼女は自身が開発畑出身で通商畑ではアウトサイダーであることから、WTOの諸課題を「新たな目(a fresh pair of eyes)」で眺めることができる、という表現を好んで使っていた。ワシントンの通商人脈にパイプを持ち、アフリカを中心に途上国の信望を集める彼女は事務局長の資格が備わっていることに疑いはないが、加えてこの「新たな目」がもたらす斬新なアプローチに期待したい。

(文中、敬称略)

川瀬 剛志 上智大学教授

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上智大学法学部教授。1990年慶應義塾大学法学部卒。アメリカ・ジョージタウン大学ローセンター修了。慶應義塾大学大学院研究科後期博士課程中退。神戸商科大(現・兵庫県立大)商経学部助教授、経済産業省通商機構部参事官補佐、経済産業研究所研究員、大阪大学大学院法学研究科准教授を経て現職。

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