分極化する「アメリカの言論空間」を読み解く術 「逆張り」にだまされないための「定点」を持つ
情報に当たるほど極論に導かれるような状況は、多くの人々にとって、大洋を海図なしの小舟で航海するような難しさがある。ここで頼りになるのが、大昔の大洋航海が用いた北極星に当たる存在である。
海図も羅針盤もない時代、航海者たちは北極星と自船の関係から正確な方位や場所を把握したという。それは北極星が地球から見て定点に存在するからだが、分極化した現代アメリカの言論を受け止めるには、このような定点に当たる存在を得ることが不可欠なのである。
では、その定点とはいったい何だろうか。現代アメリカ政治の場合には、それを長い時間軸や広い空間軸の中に位置づけ、相対化する議論が与えてくれる知見である。
トランプのような政治家は過去にいたのか、アメリカ以外には出現しないのか。ブラック・ライヴズ・マターのような運動にはいかなる歴史的背景があるのか。宗教がアメリカの政治と社会に何をもたらし、それは同じようにキリスト教徒が多数のヨーロッパ諸国とどう違うのか。最近の政治や社会の激動に抗う言論人はいないのか、市井の人々はどう受け止めているのか――。
これらの問いについて理解を深めれば、英語であれ日本語であれ、眼前にある議論の位置関係が把握でき、それが十分に根拠を持つものか、党派的な主張か、あるいは刹那的な「逆張り」にすぎないのかがわかるようになる。
北極星となる「定点」を求めて
日本の場合には幸いにも、このような知見と視点を与えてくれる成果が数多く存在する。それは、戦前に始められ、戦後に花開いたアメリカ地域研究の豊かな蓄積と、それを摂取しつつ困難な状況下でも地道な現地取材を続けたジャーナリストの系譜によるところが大きい。外国政治の理解にとって母語で出発点を得られることは重要なのだが、今日のアメリカについてほど、それが明らかである例は珍しい。
このたび、私が特集「新しい『アメリカの世紀』?」の責任編集を担当した『アステイオン 93号』において目指したのは、先に述べた北極星に当たる定点を日本で求める人々に対して、今日まで積み重ねられてきたアメリカに関する知見に触れる機会を提供することであった。
執筆陣はいずれも、現在最も信頼できるアメリカ研究者やジャーナリストだと断言できる。石川敬史氏のようにこの「東洋経済オンライン」(『アメリカ建国の英雄は民主制を否定していた?』以下の連載参照)に先を越されてしまった方や、金成隆一氏のように既に名高い方もおられる。
だが、総じて今回の大統領選挙に関する日本国内の報道では、必ずしもその名前を多く目にした方々ではないかもしれない。そのこと自体が、責任編集という立場でほかの編集委員とともに執筆陣の人選に当たった者として、私が密かに誇りとしていることである。
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