政権交代で北欧の福祉政策は変わったか

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 日本がバブルとその崩壊、続く“失われた十年”を経験したのとほぼ同じ時期に、北欧諸国も同様の経験をしている。資産バブル、金融危機、ソビエト市場の崩壊が立て続けに起こり、経済危機が生じたのだ。スウェーデンではマイナス成長が3年続き、失業率が88年の2%から、94年には9・4%へとハネ上がった。財政赤字は、GDPの13%に急増した。自国の通貨を守ろうとして、金利をラテンアメリカ並みの500%に引き上げたが、効果はなかった。

北欧諸国の中道・保守政党が当初提案した解決策も機能しなかった。社会民主主義の行きすぎを正そうとして、これらの政党はレーガンやサッチャーの「新自由主義」的な政策を提案した。93年、デンマークでは自由党のラスムセン氏(現首相)が新自由主義的なアプローチを提唱した。スウェーデンでは、穏健党のラインフェルト氏(現首相)が、同様の政策を打ち出した。彼らは、政策の一部に行きすぎのあることが問題なのではなく、北欧の福祉国家モデルそのものが問題なのだと主張した。

しかし、やがてこれらの政党が政権を奪取して、新自由主義的な政策を実行すると、それが経済の混乱を引き起こし、まもなく政治的敗北を喫した。その結果、スウェーデンの穏健党とデンマークの自由党は、共に新自由主義を捨てた。穏健党は、今では自らを「新しい穏健党」と呼んでいる。米国のクリントン政権が自らを「新しい民主党」と呼んだのに倣ったのだ。

次第に歩み寄る右派と左派の政策

今日、スウェーデンもデンマークも一党支配の国ではない。両国ともに、社会民主主義政党を軸とした中道左派と中道右派の連合が、政権交代を繰り返している。スウェーデンの穏健党とデンマークの自由党が新自由主義を捨てたのと同じように、社会民主主義政権も社会主義的な色彩を弱めた。この両国は今でも手厚い福祉国家であり、所得の平等が行き届いている。しかも成長と効率を阻害することなく、むしろ促進するやり方で、福祉国家を運営している。社民党と中道右派連合の違いとは、福祉国家に成長促進政策を取り入れるべきかどうかにあるのではない。それをいかにして実現するか、その経路に相違があるのだ。

政権交代によって福祉と経済成長を両立させる政策がどう変わるのか。スウェーデンのパール・ヌーデル前財務大臣(社民党)と、ハンス・リンドブラート財務副大臣(穏健党)にインタビューを行った。
 

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