「不登校はカゼの一種」と私がついに思えた理由 不登校が終わった高校時代に待っていた苦悩
中学1年生の終わり頃から卒業するまでの間、私は不登校でした。中学を卒業した後は、中学時代の知り合いが誰もいない、不登校の子を受けいれている全日制の高校に進学しました。
新しい自分に期待していた
「今までマイペースに別室登校していたのに、ちゃんと通えるのだろうか」「また学校へ行けなくなるときが来るんじゃないか」と高校生活への不安はありましたが、あこがれていた、かわいい女子高生になれるかもしれない、という期待も私は同時に感じていました。
そして、何より「もう不登校じゃない自分になるんだ」と新しい生活に意気込んでいました。でも、結局、私は高校で「不登校だった自分」に苦しむことになったのです。
高校に入学してから、しばらく経つと、ささいなことで友だちとケンカをしたり、失恋をしたり、たくさんの人間関係の壁にぶつかりました。
友だちから少しキツい言葉を言われたり、指摘をされたりするだけで、すぐ落ち込んでしまっていたのです。
なぜちょっとしたことで落ち込んでしまうのか、私はその原因を考えてみました。そして、「原因は私が不登校だったからだ」と思うようになったのです。
「不登校だったとき、私は自分に優しくしてくれる大人としか、過ごしていなかった。まわりの人から厳しい言葉を投げられることに慣れてない。だから私の人間関係は、うまくいかないんだ」と。
それ以来、人間関係で何か少しでもうまくいかないことがあると「不登校だったからだ」と考えることが、私のクセになっていました。
自分に落ち込みながらも、私はなんとか無事に高校を卒業することはできましたが、「不登校だからうまくいかない」という自分の価値観は、結局、高校を卒業するまで変えることはできませんでした。