「愛情ホルモン」が脳に与える無視できない影響 「小学校の先生の名前」を忘れない脳の不思議
中野:人間が幸せを感じているときに脳内で分泌される物質として近年、よく知られるようになってきたのは、「オキシトシン」です。改めて詳しく説明しましょう。
このオキシトシンは愛情ホルモンともいわれ、受け取り手である受容体の密度は、生後6カ月から1歳6カ月までの間に、親など特定の養育者との関係性によって決まるといわれています。
オキシトシンには、体の組織を成長させていくという極めて重要な働きもあって、臓器などを成長させていくことはもちろんですが、脳も体の一部ですから、オキシトシンの働きで脳自身も育ちます。
オキシトシンは愛情を感じることで分泌されるのですが、そのことが体や脳の発育と関連する可能性があります。一方、幼少期に虐待を受けるなど劣悪な環境下で育った場合、オキシトシン受容体の密度が極端に低かったり、逆に極端に過剰になってしまったりする場合があるのです。
真壁:例えばオキシトシン受容体の密度が低い場合は、どのような特徴が振る舞いに現れてくるのでしょうか?
中野:この人たちは、回避型と呼ばれるタイプです。文字どおり、人間同士の深い絆が作られるのを回避しようとします。人間関係における最初期段階での成功体験を持たないため、誰も信頼しないという方略を身に付けた、という解釈もできるでしょう。どのレベルで見るかの違いです。
そして、自分以外のほかの誰とも密な愛情関係を結ぶことをしません。誰とも愛情関係を結ぶことがないまま、幅広い相手と適当な関係を浅く結ぶようになります。
人間関係において、こうした人たちは、アクセルを踏み込むことはなく、ずっとブレーキをかけっぱなし、とでもいったイメージになるでしょうか。
危険な「条件付きの愛情」と「気まぐれな愛情」
中野:逆にオキシトシン受容体の密度が適切な範囲を超えて濃い場合もあります。このような例では、自分の望みよりも、目の前の相手を優先してしまうことがしばしばです。自らを犠牲にしてでも、相手の愛情が欲しいというような、いわゆる「愛情が重たい」タイプです。
こうしたパーソナリティは、あたかも生まれつき持っているかのように見られがちですが、赤ちゃんの頃から形成がスタートし、実は後天的に調整されていくものと考えるのが実態に近いでしょう。
このオキシトシン受容体の密度を適切な値にするためには、養育者との関係性が非常に大きく、愛情の関係をどう結んだかが重要になるのですが、必ずしも子どもとべったり一緒にいることが大切というわけでもありません。
大切なのは、子どもとどのようなコミュニケーションを取ったかです。最もよくないのが「条件付きの愛情」で、例えばその子が親にとって都合のいい子であるときは可愛がるけれど、駄々をこねたり、親自身が機嫌の悪いときなどは、愛情を返さない、などというものです。
これがさらに、親の気分次第で子どもへの接し方が変わる「気まぐれな愛情」になると、子どもはいつも親の顔色をうかがい、自分の気持ちを押し殺して親にへつらうようになります。