HIROさんは、話し方教室に来るつもりくらいの軽い気持ちで松竹芸能に入っていたという。クロちゃんは、松竹芸能のアイドルコースに入ろうとしていたが、アイドルコースには女性しか入ることができず、結果的にお笑いコースに来たという。
「とにかく仕方がないから頑張って2人を鍛えました。どうやったら2人が面白くなるか、そればっかり考えてました。それで会社で芸を披露してみたらすごい受けたんです。ますだおかだの増田英彦さんが
『大サーカスや!! 安田が団長で安田大サーカスや!!』
って言ってくれて、その場でトリオ名が決まりました。みんな笑ってましたけど、本気で俺らが売れると思ってる人は1人もいなかったと思います(笑)。ただ俺はもう20代後半でしたし、これがラストチャンスだと覚悟していました」
とにかく全力で頑張る日々が続いた。
「松紳」(日本テレビ)で松本人志さんと島田紳助さんが会話の中で安田大サーカスを褒めてくれて、それが新聞に載った。それからはオーディションや賞レースが目に見えて受かりやすくなった。
また「うたばん」(TBS)にて石橋貴明さんが準レギュラーとして起用してくれたのも大きかった。
お笑いの世界にまかり通っていた不当
徐々に知名度は上がっていき、仕事は増えた。
「仕事は毎日入ってくるようになりましたけど、給料は10万円のままでした。会社に『このままだと食っていけないから辞めます』って言ったら、次の月から30万円もらえるようになって、やっとバイトをせずに生活できるようになりました。
『なんやねん』って話です。若者が人生を賭けて戦っているんだから、賭けに勝ったときはちゃんとお金を払わないといけないですよ。過去にはお笑いの世界にはそういう不当がまかり通ってました。本当に、やっちゃいけないことですね。今思い出しても腹が立ちます。
とにかく30歳までに、お笑いの世界で飯を食べることができて本当にうれしかったです」
売れたのはうれしかったが、楽しい日々はあまり長くは続かなかった。
団長さんは、安田大サーカスでは説明役だ。HIROさんとクロちゃんの面白さを説明し、面白さを引き出す。会社からも
「お前は一歩引け」
とつねに言われていた。だが、安田大サーカスの知名度が上がってくると、説明役の出番は下がってくる。番組のMCが直接、HIROさんとクロちゃんをいじることも増える。
「俺の役割は『ただそこにいるだけ』になっちゃったんですね。そんなの全然おもしろくない仕事だって思いました」
お金は稼げていたが、それでももう辞めようと本気で思った。
思い悩みながら、南麻布をぶらぶらと歩いているとたまたま、中村勘三郎さんと笑福亭鶴瓶さんにばったり出会った。そのまま3人で食事することになった。
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