朝ドラ「エール」凄惨な戦地の描写に透ける覚悟 天才作曲家・古関裕而を描く為に逃げられない

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「朝ドラでは普段は省略してしまう戦争の描写は、裕一を描くうえで、避けられないと思い、若干の覚悟をもって撮りました。ここまでの戦争描写は夜のドラマであれば問題はないですが、朝の食卓に届けることへの若干の迷いというか躊躇があるのは確かです。

「エール」のチーフ演出家、吉田照幸氏(写真:NHK)

ただ、戦争描写――裕一の自我の喪失――信じていたもののすべてが崩壊していく描写はこのドラマに重要と考えました。コロナ禍前に台本を書き終えていましたが、コロナ禍で撮影が2カ月半、休止となり、その間に書き直し、それは当初考えていた描写よりもいっそう鮮烈になっています」

裕一は日本とは環境のまるで違う熱帯のジャングルのなかで、恩師・藤堂や、若い兵士・岸本(萩原利久)、戦場を取材に来ている画家・中井(小松和重)の心に触れ、彼らの生き方を胸に刻んで、日本に戻ることになる。

あまりにもむごい体験によって、裕一はどんなときでも大事にしてきた音楽への気持ちに変化を来す。

リハーサルなしの一発本番で撮ったシーン

コロナ禍におけるソーシャルディスタンスを意識した撮影方法を行うための場面変更もあった。撮影再開直後に撮った戦場のシーンは、リハーサルなしの一発本番。裕一を演じた窪田正孝もアドレナリンが出たと言うほどの緊張感にあふれたものになった。そういった集中力を要するアクションシーンのほかに、価値観の喪失という重要な心情を演じるシーンも多く、そこは吉田と窪田が慎重に話し合いながら撮影した。

話題になった第1週。裕一を演じる窪田正孝との演出風景(写真:NHK)

「例えば最初に、ラングーンのホテルで、裕一と同じく慰問に来た画家の中井に痛いところをつかれる場面では、窪田さんはどう演じるか悩んでいたので、『最初から苦しまないでほしい』と僕は言い、それによって感情の飛距離が大きくなりました。

1テイクめと2テイクめとではまったく違う芝居になっていました。また、日本に戻ってきて、音楽に対するあるセリフを言う場面(90話)。このセリフは僕も考えに考え何度も書き直したもので、窪田さんがどういうふうに言うかすごく興味深かったのですが、思いがけない言い方をされて印象的でした」

「エール」の撮影はライブのようだと吉田さんは言う。スタッフや俳優がそれぞれアイデアを持ち寄って作り、また、撮影現場で生まれたものを活かして作っていく。戦場のシーンの一発本番は最たる例で、「ホンモノの爆発などが、俳優に作用して生まれるものがある。それは、こういう設定だからこういうふうに演じてくれと言葉で言うことを越えてしまうんです」

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