ワクチン、作れても輸送が難しいという大問題 マイナス80度の超低温輸送をどう実現する?

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加えて両社は、配送員に特別な研修を行うほか、冷凍荷物を扱うための手袋など、さまざまな装備も用意しなくてはならない。

ファイザーは待望のワクチン輸送用に専用の箱を設計した。大型クーラーボックスほどの大きさで、それぞれに10〜20回分のワクチンを入れたガラス容器を数百個収納することができる。GPS対応の温度センサーを搭載し、ファイザーが箱の位置や冷却状態を把握できるようにした(温度が上昇した場合、作業員がドライアイスを追加できるようにするためだ)。

ガラス容器も割れる

しかし、ここまでしても一件落着とはならない。超低温下では、ガラス容器にひびが入ることが珍しくないからだ。

今年初め、ニューヨーク州西部を本拠とする創業169年のガラス大手コーニングは保健福祉省に対し、ワクチンに対応できる耐寒性のガラス容器が足りなくなると注意を促した。これは同社で製薬関連技術の責任者を務めるブレンダン・モッシャー氏の指摘である。

コーニングはある解決策を売り込んだ。医薬品用途の基準を満たし、超低温にも耐えられる新しいタイプのガラスを用いた容器をコーニングが大量生産する案だ。アメリカ政府は6月、この特殊なガラス容器の生産で同社と2億400万ドルの契約を結んだ。新しいガラスは原料にホウ素を使用していない。ホウ素は一般的なガラスでは広く用いられているが、容器内の物質を汚染するリスクがある。

モッシャー氏によると、コーニングは連邦政府から得た資金でニューヨーク州ビッグフラッツの工場生産能力を4倍に増強するとともに、ニュージャージー州のガラス炉とノースカロライナ州の工場建設を加速させている。新たに300人の従業員を募集し、来年には数億個のガラス容器の生産を開始する予定だ。

ドライアイスと冷凍庫、そして頑丈なガラス容器が十分に確保できたとしても、各地の薬局にはワクチンを在庫しておくのに必要な超低温の保管施設がない。ただ、ファイザーによるクーラーボックスサイズの専用箱を手元に置くことができれば、薬局でもワクチンを保管できるようになるかもしれない。さらにモデルナのワクチンは、接種前の数日間ならそこまで超低温でなくても保存が利く。

CDCの感染症専門家キャスリーン・ドゥーリング氏は8月、ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策タスクフォースで報告を行い、コロナワクチンは厳しい温度管理が求められるため「地域の診療所や薬局が保管・投与するのは極めて難しい」と述べた。「適切な設備と高い処理能力を備えた施設で集中的に」ワクチンを投与すべき、という指摘だ。ただ、どこがそのような施設となるのかは明らかになっていない。

アメリカでさえ、これだけの課題があるのだ。ここまで厳格な温度管理が求められるワクチンを途上国にも行き渡らせるのは、ほぼ不可能といってよい。国際流通大手DHLとコンサルティング大手マッキンゼーによる最近の調査では、冷凍保管が必要なワクチンに対応できるのは25カ国、接種可能な人口はおよそ25億人にとどまると試算される。超低温冷凍庫の少ないアフリカや南米、アジアの大部分が取り残される計算だ。

「その結果、ごく一握りの豊かな強国との格差がさらに強まる」と、CSISのモリソン氏は指摘する。

(執筆:David Gelles記者)
(C)2020 The New York Times News Services

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