支持率のみを求める政治は社会を繁栄させない バグだらけの認知能力が世論を作ることもある

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伝統的かつ主流派であった「経済学」に反旗を翻すことになった行動経済学は、経済学における合理的経済人の仮定に疑問を抱いた人たちが始めていった。そして彼らの研究の中では、人間には、ものごとを認識し理解する際に本質的に過ちを犯してしまう性質があるという数々の発見がなされていった。私が、ヒューリスティック年金論と呼んだりするのは、そうした側面からの知識を用いてのことである。

「ヒューリスティック」とは行動経済学や心理学の用語で、人間が複雑な問題に直面して何らかの意思決定を行うときに、直感的にこれまでの経験に基づいて判断することである。判断が瞬時になされるので、思考する負荷は小さいけれど、その判断結果が正しいわけではなく一定のバイアス(間違い)を含んでいることが多い。

「システム1」で財政や社会保障を語る危うさ

別の側面からみれば、人が判断する際には、システム1とシステム2があるともいう。システム1は、直感的推論の基礎をなすもので、自動的に高速で働き、努力はほとんど必要ないが系統的なバイアス、すなわち認知バイアスをもたらす。システム2は、複雑な計算など困難を伴う知的活動で思考に負荷がかかり努力が必要であるのに、怠け者である。

人の判断は圧倒的にシステム1に基づいてなされている。ところが、財政や社会保障の話は、複雑でエビデンスベースの統計的判断が必要な側面が強い。たとえばヒューリスティック年金論には、まさにこの「認知バイアス」がかかっていたと考えられるのである。

財政論にしても、最近でも1997年の消費税増税の翌年に税収が減ったとの話がどこかに書かれていたが、そもそもこのときの消費税増税は、ほかの減税とセットの税収中立でしかなかった。1997年7月のアジア金融危機の影響下で1998年以降、定額減税2兆円を2回やったり、またこれらを塗り替える格好で6.5兆円の恒久減税(所得減税4兆円+法人減税2.5兆円)をやったりしていたことが、トータルの国税が1997年から1999年にかけて落ちた相当部分を説明するなどは触れられることはない。

さらにいえば、2014年の消費税率引き上げにおいては、所得税も法人税も減っておらずトータルの税収も増えている。「日本経済はどのような病気にかかっているのか」に書いているように、「この国は、消費税の増税によるカタストロフィックな経済の崩壊など、経験したことはなかったのではないだろうか」。

見たいものしか見ないという確証バイアスなどは、少々負荷のかかる作業を経ないことには克服できないのだが、そのバイアスの存在にすら気づかないままの年金論者などは山ほどいた。さらには、年金は、自分の専門外のことについて、あたかもわかっているかのごとく振る舞う、オルテガの言う「近代の野蛮人」に類した話が起こりえる世界でもあった。

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