そのこと自体は喜ぶべきことだが、暗い影も忍び寄る。トランプ大統領やその側近たちによる薬の開発・承認プロセスへの露骨な政治的介入だ。
アメリカの食品医薬品局(FDA)は8月23日、「回復期血漿治療」を緊急使用許可(EUA)した。これは新型コロナに感染して回復した元患者から採取した血液成分(血漿)を患者の体に注入し、病気からの回復を促す治療法だ。
EUAは今回のような緊急事態に限って医療現場での使用を国が認める制度。抗ウイルス薬・ベクルリーも緊急使用許可された薬だ。通常の薬の承認プロセスと比べて簡便かつ迅速だが、今回のEUA承認には深刻な問題がある。
トランプ大統領が振りまく陰謀論
それは、十分な人数を対象にした二重盲検(医師と患者双方にワクチンと偽薬のどちらを投与したかわからないようにする試験方法)やプラセボ対照などの厳格な方法に基づく治験データがないのに、トランプ政権のごり押しによって承認されたことだ。アメリカでは医師や医療関係者の多くが、拙速なEUAによる承認プロセスに危惧の声を上げる騒動になった。
アメリカで薬の承認を担当するFDAのステファン・ハーン長官は、トランプ大統領が同席した記者会見で「血漿治療が死亡率を35%低下させる」と発言した。しかし、この発言を裏付けるデータは存在せず、医療専門家から猛烈な批判を浴びた。医師の顔も持つハーン長官は「批判が正しい」ことを後日認めたが、世界の医薬行政をリードするFDAの信頼はがた落ちとなった。
トランプ大統領は以前から、「(FDAの中に)闇の政府(ダーク・ステート)がいて、自分の足を引っ張ろうとしている」という趣旨の発言を繰り返していた。トランプ大統領が推奨する血症治療の承認に慎重な姿勢を見せていたFDA内の意見を無視し、FDAトップに無理やり承認させたのが今回の顛末だ。
FDAが政治に屈したのは初めてのことではない。3月末にもマラリア治療薬「ヒドロキシクロロキシン」のEUAに追い込まれている。後にオックスフォード大などが行った大規模治験では、有効性を否定する結果が出て、FDAは承認を撤回した。
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