6月に大企業を対象に施行された(中小企業は2022年4月施行)改正労働施策総合推進法(通称「パワハラ防止法」)では、パワハラとは職場において「優越的な関係を背景とした言動」で、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により、「労働者の就業環境が害される」ことと定義づけされている。
だが、業務命令など「業務上必要かつ相当な範囲」と、それを超えたパワハラとの境界線は曖昧でグレーゾーンは広い。その一方で、「優越的な関係」を背景にした行為であることは明確なため、管理職にとっては厄介だ。
パワハラは年々増加の一途をたどり、都道府県労働局などに寄せられた個別労働紛争相談のうち、「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、2019年度は8万7570件と8年連続トップ。2009年度(3万5759件)に比べ2.4倍に増えている。
認識せずに行為に及ぶ‟無自覚パワハラ”も、相当数含まれていると考えられる。‟無自覚パワハラ”は、相手の気持ちを読み取りにくく、体面では抑えていた感情を表に出してしまいがちなメールなどICT(情報通信技術)を活用したテレワークが、拍車をかけているといえるだろう。
テレワーク下の働き方改革の誤算
働き方改革がパワハラを招くケースもある。業務効率化など仕事量を減らす対策をとらず、上司が部下に「残業するな」と強いるのはいわゆる‟ジタハラ”(時短ハラスメント)として、管理職にもある程度の認識はあるだろう。これがコロナ禍では、業務の効率化が期待されるICT活用により、逆に仕事を抱え込ませるという誤算も生じている。
中小の食品卸業で営業部長を務めていた森健太郎さん(仮名、51)は、コロナ前から出先や移動中にパソコンなどを使って業務を行うモバイルワークを積極導入し、「残業ゼロ」を目指した業務効率化を進めてきた。
ところがコロナ禍の在宅勤務で、部内のコミュニケーションと情報共有が滞り、事業仕分けでなくしたはずの業務に取り掛かる部員や、ほかの部員がすでに着手しているとは知らず同じ業務を複数の部員で行うなど現場が混乱。当然、部員たちの労働時間はみるみるうちに増えていった。
森さんが気づいたときには、大量の仕事を抱え込んだ30歳代前半の男性が「うつ病」の診断書を提出して休職。1カ月半後、職場復帰の直前、この部下からパワハラ告発を受けた。
「働き方改革は、メールやオンライン会議では伝わりにくい微妙なニュアンスを対面でのコミュニケーションでカバーしてこそ、うまくいくことを思い知らされました」
パワハラとは認められなかったものの、マネジメント力不足と部下のうつ病による休職が問題視され、顛末書を書かされた。「近いうちに左遷されるでしょう。働き方改革を率先してきた自分がこんなことになって、まだ現実を受け止めらない」と森さんは沈痛な面持ちで語った。
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