人生のモノサシを持っているか?
ストラテジーの授業の教授は、大手自動車メーカーの重役まで上り詰め、数千億円規模の新事業を立ち上げた経歴の持ち主だ。授業では、1学期を通じてフレームワークを用いながら企業の置かれている状況や取るべき戦略を議論する。その中の理論のひとつに、何をKPI(Key Performance Indicator: 評価指標)に定義するかが、企業の進む方向性を自然と決めていく、というものがあったのだが、最後の授業では教授はその理論を人生に当てはめて語った。
「人生で最も誇りに感じている功績はこれだ」と言って、教授は1枚の写真を見せた。それは息子の結婚式の写真で、息子夫婦、娘夫婦、そして結婚35年目になる教授夫婦が映っていた。この家族こそが、彼の人生最大の功績だと言った。しかし、そのことに気づいたのにはきっかけがあった。
「私が大手自動車メーカーで働き始めた頃、ワーカホリックな上司と働いたことがあった。この上司は、毎朝、誰よりも早く出社し、誰よりも遅く帰宅した。帰宅してからも仕事を続け、夜中や休日にもかかわらずいつでも電話がかかってきた。一生懸命働いた分、この上司は次々と昇進していった。しかし、40代の若さでがんを患い、あっという間に亡くなってしまった。
上司の葬式で、まだ幼い上司の娘の姿を見た。娘は、棺にお父さんがいちばん大切だと思うものをそっと入れようとしていた。娘が棺に入れたのは、上司が肌身離さず持ち歩いていた黒いブリーフケースだった。まだ幼い娘には、お父さんのいちばん大切なものは仕事に映ったのだ。
私はこの光景を見て、自分自身を振り返った。自分も働くことに一生懸命で、家族を顧みていないのではないか。今自分が死んだら、子供たちはどんな父親の姿を思い出すのだろうか。そして、その日から心を改め、自分の人生を仕事ではなく、幸せな家族で測ることに決めた。それ以来、つねに家族を第一に考えた。だから、私の人生の最大の功績は幸せな家族を築き上げたことだ」
教授は次のように締めくくった。
「君たちの人生、何を目指したっていい。ただ、後になって後悔することのないよう、自分の人生のモノサシをしっかり持ちなさい。そして世間がどんなに富や名声であなたを評価しようとしても、自分の人生は自分のモノサシで測るようにしなさい」
スタンディングオベーションの拍手はいつまで鳴りやまず、涙する生徒もいた。
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