マニラ、ダカール、なぜ途上国で働くのか?

「グローバル人材」たちの苦労と葛藤(2)

グラフィックデザイナーとして放送局で働く

彼女が留学先としてボストンにあるノースイースタン大学を選んだのも、働きながら勉強できる制度があったからだった。その制度を利用し、最後の1年間は学業と並行してWGBHでインターンをした。だが、本人いわく「まあ何とかなるだろうとフライングしてボストンに来てしまった」せいで、卒業前に貯金が枯渇し、最後の1カ月はリンゴ1袋で過ごしたほどだったという。

ボストンの放送局時代のTさん

卒業後、彼女はそのままWGBHにグラフィックデザイナーとして雇われ、番組のブランディングやイベントデザインなどを手掛けた。そこで5年間勤めた後に、東京に戻り、創業間もなかったキャンサースキャンという会社に転職した。

厚生労働省や国立がん研究センターなどと共にがん検診の受診率向上や緩和ケアの普及啓発などを行う会社で、彼女の担当はコミュニケーションデザインだった。その後はまたアメリカに戻り、ニューヨークの名門デザインスクールであるPratt Instituteの大学院で、インダストリアルデザインを学ぶ予定だった。

結婚後、セネガルへ! 現地企業のデザイナーとして

だが、人生とは本当にどう転がるかわからないものである。そして、予想外の展開は出会いから始まるのが常だ。Tさんにその出会いが訪れたのは彼女がまだボストンにいた頃で、相手はハーバードのビジネススクールに留学していた日本人男性だった。彼は「福井弁なまりの英語」を話す空手の有段者で、口数は少ないが目に魂がこもっている、古き良き日本男児という趣の人だった。

彼にはハーバードで学ぶ明確な目的があった。途上国の開発援助だった。その目的どおりに、彼は国際連合の専門機関である世界銀行に職を得て、西アフリカのセネガルに赴任することになった。そして彼はTさんにプロポーズをした。彼女は大学院への入学を1年延ばし、結婚して一緒にセネガルに行くことにした。

人生のうちでアフリカに住むことがあろうとは、彼女はそれまで夢にすら思わなかっただろう。それにしても、彼女が自らの足で歩き自らの目で見たセネガルの現実はすさまじかった。現地の会社でデザイナーとして働き始めた彼女に、徐々にある問題意識が生まれていった。以下、彼女の言葉を引用する。

「私がデザイナーとしてセネガルで働いていると言うと、誰しもがONE LAPTOP PER CHILD() みたいなイノベーションデザインを想像する。あるいは、『貧しいかわいそうな人たちを救おうと特別な道具をデザインしている』のだと勘違いする。でもここに必要なのはもっと普通のことだとわかった。たとえば、地元の食品会社にいいパッケージデザインが必要だけれど、デザインスクールがないからプロレベルのデザインを提供できる人がいない。そして先進国から来た見栄えのいい商品に負けてしまう」

※MITメディアラボのネグロポンテ教授などにより率いられた、途上国の子どもに無償でラップトップ・コンピューターを提供し教育格差の解消を目指すプロジェクト

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