「誰でもPCR」は公費の大半を捨てることになる うっかり検査を受けた人の陽性・陰性のリアル

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一方で、診療報酬とは無関係の、いわゆる自由市場でのPCR検査も増えている。プロスポーツや、演劇などの芸術分野、企業が労働者に対する福利厚生として、また顧客サービスとしてなど、さまざまな場面で非医療のPCR検査がなされるようになった。これらは、社会経済活動を進めていくうえでの「安心」のための検査だという。言い換えれば、陰性という結果を得たいがために検査するものということだ。

陰性という結果が、「感染していないこと」を保証しないことは医療の場合と同じである。むしろ、非専門家である非医療者に、実態とかけ離れた安心を不用意に与えることの問題のほうが大きい。本来は、医療者がこのような検査の使い方の誤用を指摘し、専門知識に基づいて社会をリードする必要があるが、日本の医療者自身が上述のとおりなので、つける薬がない。

寺や神社のお守りの御利益(ごりやく)については、売る方にも買う方にも、それがどういうものであるかに関する共通理解がある。しかし、PCR検査による陰性証明の本当の意味をどれだけの人が正確に理解しているだろうか。「PCR検査の陰性」があたかも「感染していないことの科学的証明」であるかのごとくこのサービスを提供することは、控えめに言って経済学で言うところの情報の非対称である。

ご利益があるかのように偽るシンプルな詐欺

ある経済学者にそのように話したところ、さらに興味深い指摘をいただいた。「非医療におけるPCRに関しては、確かに情報の非対称性問題がある。しかしこれまでのところ、結果として生じているのは逆選択(非効率)やその結果の市場崩壊ではなく、むしろその逆だ。医療や科学を装った”専門家”に一般人が騙されている限り、市場は崩壊などせず、むしろ活況を呈している。価格も上昇し、顧客も満足しているのだから、ご利益がないものをあると偽ったシンプルな詐欺だ」というのである。

非医療の検査に積極的に取り組んでいる機関としても「検査は100%ではないですよ」という説明書きをアリバイ程度に配布しているだろう。しかし、検査してほしがる人はそこに行きつくまでに十分洗脳されているので、ブレーキがかからない。このような詐欺問題の責任は、そのサービスの提供者にあるというより、「巷の拡大論者」とそれを容認したり拡散したりしている社会全体にあるというべきだ。

経済学的には、非医療の検査需要が医療での必要な需要を圧迫したとしても、多くの人々が嘘でも安心を感じることができれば効用は上がるだろう。その意味で、ここでPCR検査の科学的意味を指摘をすることがみんなの効用(幸せ)を低下させることになるのかもしれないと思うと、いささか心苦しい気もする。

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