「誰でもPCR」は公費の大半を捨てることになる うっかり検査を受けた人の陽性・陰性のリアル

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「検査前確率5000分の1のとき、感度70%、特異度99.9%の検査で陽性となった患者の検査後確率は何%か?」

注)感度:感染している人をちゃんと陽性と判定する確率
  特異度:感染していない人をちゃんと陰性とする確率

これは毎年医師国家試験に出されるボーナス問題である。数字はもちろん毎年変わるのだが、今度の国家試験は新型コロナウイルスを想定したものになるのではないだろうか。政府の分科会の資料によると新型コロナウイルスのPCR検査の感度は70%、特異度は99.9%として試算されている。

すべての医師が一度はこの問題を解いたことがある。しかし、医療者でない一般の市民がひょんなことからスクリーニングPCR検査を受けることになって、結果が陽性であったら、ほとんどの市民は「自分は100%感染している」と思ってしまうのではないだろうか。

ところがこの検査問題の解答(その人が本当に感染している可能性)は「約12%」なのである。88%は偽陽性、つまり本当は感染していないのに間違って検査で陽性とされた、に該当する。この計算結果は、多くの人の直感を裏切るものだが、計算は極めて簡単だ。

例えば5万人のうち10人だけ感染者がいる集団の全員に検査するとき、本当に感染している10人が検査で陽性となるのは、感度70%なので7人である。4万9990人の非感染者については、特異度99.9%なので誤って陽性(偽陽性)となるのは0.1%の49.99人である。つまりトータルで56.99人が検査で陽性となるが、本当の感染者はそのうち7人だけなので、割合でいうと約12%になるのだ。

無作為検査で人権侵害や不利益を被るリスク

この算数が実際の個人に対して持つ意味は極めて大きい。医療機関をはじめすでにいろんな場所でスクリーニングと称する安心のための陰性確認が横行している。筆者も、このようなスクリーニング検査で誤って陽性とされて入院等の隔離措置を取られたとか、そうなりかけた患者を見聞きすることが増えてきた。不安という心理面を除いては、症状はもちろんなく、入院後に確認のPCR検査を繰り返しても陰性が続き、数週後に抗体検査を複数種類行ってもどれも陽性にならない症例である。

新型コロナウイルス感染症は感染症法上の指定感染症であり、いったん確定診断されると行政に届出される。届出を受けた行政は、周囲に接触者がいないかを詳細に聴取し、それに基づいて家族や職場の同僚なども次々検査される。そのような中で、理不尽なスティグマ(汚名、烙印)を負わされ、退院後もなかなか職場復帰できないなどのケースも起こっている。指定感染症である以上、感染者は法令に基づいた人権の制約を引き受けざるをえないが、それ以上に多くの不利益を被ることが少なくない。

スクリーニング検査は、「感染を疑わせる症状も曝露歴もないが、念のために陰性を確認する」ことを目的に行われる検査である。そこでは、検査する側もされる側も陰性を確認することしか頭にない。しかし、もし陽性が出たらそれをどう解釈するつもりか。症状や曝露歴での絞り込みを行わずに検査前確率が低いままスクリーニング検査を行うということの意味を、陽性になった場合も含めて考えておく必要がある。

森井 大一 大阪大学医学部附属病院感染制御部医師

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もりい・だいいち / Daiichi Morii

大阪大学医学部附属病院感染制御部。2005年3月大阪大学医学部卒業、同年4月国立病院機構呉医療センター、2010年大阪大学医学部附属病院感染制御部、2011年米Emory大学Rollins School of Public Health、2013年7月厚生労働省大臣官房国際課課長補佐、2014年4月厚生労働省医政局指導課・地域医療計画課課長補佐、2015年4月公立昭和病院感染症科を経て今に至る。2020年8月から厚生労働省技術参与として新型コロナ対策にも関わる。※ただし、東洋経済オンラインへの寄稿は1人の医療者としての私見に基づくもので、筆者の関係組織の公式見解とは一致しない。

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