何杯目かのビールで酔いが回って来たのか、吉野さんは話の途中で急激に腹を割ってきた。ありがたいけれど、気を遣われるとかえって取材しにくい。特に「これを聞き出さなくちゃいけない」という記事でもないのです。もっと気楽に臨んでほしい。恋愛ネタに切り替えよう。
吉野さんは大学2年生のときから付き合ってきた恋人と3年前に結婚した。現在はWebデザインの仕事をしている同い年の男性だ。恋愛結婚の決め手は「自分と同じ世界にはいない人」だったこと。どういうことなのか。
「私は負けず嫌いなので、同じ大学だったり同じ専攻だったり同業だったりすると、ライバル意識を持ってしまいます。彼は同い年なのですがアート関係に興味があり、いわゆる『お勉強ができる人』ではありません」
結婚後もお互いに仕事に没頭しており、吉野さんは出張のない日も深夜まで働いていることが少なくない。
「ダンナさんは『やりたいことをやっているのは、いいのではないか』と言ってくれています。私も彼にそうあってほしい。相手が5時までの勤務で毎日帰ってくるような人だと、プレッシャーに感じてしまうでしょう。私は私、あなたはあなたで働いている今が楽だなーと感じます」
子育てについてはどんな見通しを持っているのだろうか。微妙な話題なので恐る恐る聞くと、吉野さんは顔色を変えずに答えてくれた。このテーマもお風呂に入りながら考えてくれたのかもしれない。
「途切れなく面白い仕事が続いているので、エイヤッと見切りをつけることができません。ダンナさんは子ども好きのようですが、私のほうは母親になる自信がありません。自分の遺伝子を残す覚悟ができていないというか……。特に女の子が生まれるのが怖いです。自分の欠点を子どもに見てしまう気がします」
「女を使う」ことをどう思う?
女性であることに違和感を覚えているようにも見える吉野さんだが、仕事のためには「女を使う」こともある。
「初対面の人の懐に入って信頼関係を築くためには、女の子でよかったと感じることはいっぱいあります。相手の論文などをしっかり読んだうえで、『何も知りませんので教えてください!』という顔で会いに行くと、おじさんからは喜ばれることが多いですね。『こいつ、かわいいな』と思わせることも大事なのです。昔の自分だったら許せないやり方ですけど……。もちろん、(女を使うことを)いつもやっているわけじゃありませんよ。割り切れてもいません。たまに悩みながら働いています」
吉野さんの葛藤は僕も少しわかる気がする。僕たちの仕事はさまざまな人に取材して記事や番組に登場してもらわないと成り立たない。「お前が気に食わないから出ない」と言われたらそれまでなのだ。すべての人から好かれることはできないけれど、少なくとも取材対象者からは気に入られる必要がある。性や外見を仕事に使いたくない、などというキレイ事を言ってはいられない。
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