「仕事は道場」であり、まず自分の家庭がある--『会社を踏み台にする生き方』を書いた吉越浩一郎氏(吉越事務所代表、元トリンプ社長)に聞く
--60歳で潔く退任しました。
そう。代表取締役として19年働いて、フェードアウトの時期に入ったと思った。60歳でその時期に入り、65歳で着地して終わりにしようと思っている。ただ、その人生設計と違い、ベストセラーが出たりして、段階を踏んだフェードアウトとはいかなくなった。ただ、時間に余裕があり、書く本は増えたが、フェードアウトは当初のとおりに進めたい。
--この本に「仕事は道場」にすぎないとあります。
最近亡くなった百貨店の会長とは、夫人を交えたグループがあって親しかった。がんがわかったときに前作の『「残業なし」の仕事力』とともに手紙を書いたことがある。密葬にも列席した。ただ、彼は幸せだったかどうか。仕事をすることだけが目的で生まれてきたのならいい。しかし、人間は仕事をするためだけで生まれてきたのだろうか。
もう一つ例を挙げれば、ある食品関連企業の会長と、その夫人とグアムで食事をしたことがある。そのとき、彼は夫人をつかまえて、「君はぼくの戦友だから」と言ったら、夫人が怒った。「何よ、あなたはヨーロッパに何十回も行っているからいいけど、私はせいぜいグアムじゃないの」と。要するに、「私のことなんかどうでもいいんでしょ。一人で楽しんでいるんじゃないの?」ということだった。
その後、彼が「私の履歴書」を書いたら、毎回夫人をほめ上げている。でも、夫人は完全によそを向いていたのではないか。彼は会長のまま亡くなって、新聞には「死に急いだ」と惜しまれ、1兆円の売り上げ達成が業績とされた。しかし、それが彼の本当の人生の目的だったのか。夫人にとっても、それが正しいことだったのだろうか。
多くのみなさんは勘違いしている。まず自分の家庭があって、仕事は仕事なりにきちんとするのが本来の姿だ。仕事は自分を育て上げてくれるところだ。本来の人生の目的はそこにはない。