林真理子が考える「コロナ時代」の作家の使命 "激動の時代"を執筆中の作家が見た「この半年」

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――書籍の売り上げランキング上位はビジネス本や自己啓発本、実用書が中心。「本離れの時代」と言われていますが、「物語離れ」ともいえるのではないでしょうか。

わが家には大学生の娘がいますが、「小説なんて絵空事」と言っています。19世紀のイギリスや戦前の日本の光景を想像しながら読むことができないようです。リアルではないから理解もできないんです。

では、なぜ小説を読まなくなったのか。それは長い物語を読み砕いて理解する「咀嚼力」が落ちているからだと思います。

物語を理解するためには、本を読む習慣が非常に重要です。小学生までは、本が好きな人って多いんですよ。始業前に10分間読書の時間を設ける学校も多いです。でも、中学生になってスマホを手に入れると、そちらに夢中になって本なんて読まなくなってしまう。

――林さんにとって、本を読むことにはどんな意味があるのでしょうか。

読書で得られるいちばんのメリットは、心の中のモヤモヤを言語化してくれることだと思います。ドロドロしていた感情が頭の中でしっかりと形づくられて、これからの生きる指針のようなものになるんです。

とくに古典文学を読むと私が探していた言葉がいくつも見つかるから、人生を重ねる中で何度となく読み返すという作品も少なくありません。

今まさにコロナ禍で心を痛めている人に、「本を読めば救われる」とまでは言えません。でも、つらい状況を客観的に見るきっかけにはなるのではないでしょうか。

歴史に名を残す指導者はどう動いたのか。激動の時代を生きた世界の人々は何を考えていたのか。読書を通して学ぶことは多いはずです。

小説の描写に自粛中の心境が表れた

――現在連載中の『私はスカーレット』は、1936年に出版された名作『風とともに去りぬ』の超訳小説。主人公のスカーレット・オハラの一人称という視点で、まさに“激動の時代”だった南北戦争当時のアメリカ南部を舞台に主人公の恋愛や冒険を描いています。どんなきっかけでこの古典文学に新しい息を吹き込もうと思ったのでしょうか。

出版社から新訳として連載してほしいと頼まれたんです。作者のマーガレット・ミッチェルが亡くなって60年以上経ち、著作権が切れたので、「ぜひ林さんの視点で書いてほしい」と。

私にとっては、中学生のときに初めて読んだ思い出深い作品。私がやるのであれば、スカーレットの16歳ならではのわがままさ、自分勝手さを生き生きと描きたいと思い、一人称に書き直すことにしました。

過去に何度も読み返していましたが、書き直すにあたって改めて読み返してみると、当時の人がこんなに飢えと貧困にあえいでいたという事実に驚きました。

自粛期間中に書いた原稿には「戦火のアトランタを脱出したスカーレットが実家の大農園に帰ると、北軍に何もかも収奪され、愛する母親も伝染病で亡くなっていた」というシーンが出てきます。

「人気(ひとけ)がない辺りの恐ろしさや、そんな状況で近隣の家に食料を分けてもらうために馬にまたがって出かけるスカーレットの解放感などが真に迫っていた。コロナ禍で家にこもっている今の林さんの心境が表れているのではないか」と担当編集者に指摘されました。

黒人奴隷に対する描写など、今の時代にそぐわないものは私の判断でカットしています。連載開始当初は、名作を改訂することに対するためらいもありました。でも、在原業平の一代記を書いた小説家の高樹のぶ子さんと対談した際に、高樹さんが「私の仕事は訳することではなく、小説化すること」とおっしゃったんです。

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